552人が本棚に入れています
本棚に追加
145
145
「やだなぁ…伊織を虐めたりしてないよ。ただ…ちょっと揶揄い過ぎちゃったのかな」
真冬さんは背中を向けて、磨いたグラスを棚に戻し始めた。
「揶揄うって」
俺の問いかけに振り向いた真冬さんは自分用にウイスキーを注ぎながら話し始めた。
「伊織は可愛いよ。従順で素直だ。頭も悪くない。正義感も強くて真っ直ぐだしね。俺には眩しいくらいだったなぁ。だからかなぁ、俺みたいな汚れきった人間と一緒に居たら、一週間やそこらでも色んなところにシミが出来て…真っ白だったアイツをどんどん黒くするのが分かった。少し踏み込んだだけのつもりが……アイツは可愛すぎた…」
カランと氷がグラスを打つ音がして、真冬さんも寂しそうな顔をした。
「アイツにはなるべく会いたくない。」
さっき言った事と真逆に近い事を話し始める真冬さん。
「どうして」
思わず呟いた疑問に、真冬さんは答えなかった。
だけど…俺も優里も分かっていた。
他愛も無い世間話をしながら時間は過ぎて行く。
帰る頃には、もう伊織の名前も
出さなくなっていた。
「じゃあ、またおいで」
「はい!今日はご馳走様です」
真冬さんは俺と優里から金を取らなかった。
「…真冬さん…兄貴の事…」
「うん…好きなんだろうな…そこは合ってるよ。ただ、大人って狡いのな。自分から仕掛けといてさ…時間が経つと怖くなるんだろ…伊織は真っ直ぐなとこあるから。やっぱ兄弟だな。おまえも真っ直ぐ過ぎて普通にストーカーだったし」
「…否定はしません。俺だって怖かったんです。光さんの事、好き過ぎて…おかしくなりそうだったし…」
「いやいや、ストーカーしちゃってる時点でアウトだからな。もう十分おかしくなってたよ。神出鬼没過ぎてな。」
「今でもGPS付けて監視したいくらいですよ?」
「うっわぁ…怖いわ」
「冗談じゃないです」
「そこは冗談ですっつーんだよ…」
真顔の優里を見て肩を竦めた。
どうやらこれはガチなヤツだ。
ほろ酔い
秋の入り口
花火の残り香
何となく寂しくなって、優里の肩に身を寄せた。
「寒いですか?風が出てきたから」
優里は着ていた上着を俺に掛けた。
「ありがとう」
襟を引き寄せスゥッとパーカーの香りを吸い込んだ。
好きな人が側に居る。
「優里…」
前を歩く優里を呼び止める。振り返った彼は優しく微笑む。
「どうしたんですか?」
その問いかけに、呟いた。
「キス…して欲しい」
ハッとした顔をして、優里は俺の身体を乱暴に引き寄せ、抱きしめた。
「光さんがそんな事言うと、俺、心臓もたない」
そう言って綺麗な顔を傾け、唇が重なった。
最初のコメントを投稿しよう!