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145 「やだなぁ…伊織を虐めたりしてないよ。ただ…ちょっと揶揄い過ぎちゃったのかな」 真冬さんは背中を向けて、磨いたグラスを棚に戻し始めた。 「揶揄うって」 俺の問いかけに振り向いた真冬さんは自分用にウイスキーを注ぎながら話し始めた。 「伊織は可愛いよ。従順で素直だ。頭も悪くない。正義感も強くて真っ直ぐだしね。俺には眩しいくらいだったなぁ。だからかなぁ、俺みたいな汚れきった人間と一緒に居たら、一週間やそこらでも色んなところにシミが出来て…真っ白だったアイツをどんどん黒くするのが分かった。少し踏み込んだだけのつもりが……アイツは可愛すぎた…」 カランと氷がグラスを打つ音がして、真冬さんも寂しそうな顔をした。 「アイツにはなるべく会いたくない。」 さっき言った事と真逆に近い事を話し始める真冬さん。 「どうして」 思わず呟いた疑問に、真冬さんは答えなかった。 だけど…俺も優里も分かっていた。 他愛も無い世間話をしながら時間は過ぎて行く。 帰る頃には、もう伊織の名前も 出さなくなっていた。 「じゃあ、またおいで」 「はい!今日はご馳走様です」 真冬さんは俺と優里から金を取らなかった。 「…真冬さん…兄貴の事…」 「うん…好きなんだろうな…そこは合ってるよ。ただ、大人って狡いのな。自分から仕掛けといてさ…時間が経つと怖くなるんだろ…伊織は真っ直ぐなとこあるから。やっぱ兄弟だな。おまえも真っ直ぐ過ぎて普通にストーカーだったし」 「…否定はしません。俺だって怖かったんです。光さんの事、好き過ぎて…おかしくなりそうだったし…」 「いやいや、ストーカーしちゃってる時点でアウトだからな。もう十分おかしくなってたよ。神出鬼没過ぎてな。」 「今でもGPS付けて監視したいくらいですよ?」 「うっわぁ…怖いわ」 「冗談じゃないです」 「そこは冗談ですっつーんだよ…」 真顔の優里を見て肩を竦めた。 どうやらこれはガチなヤツだ。 ほろ酔い 秋の入り口 花火の残り香 何となく寂しくなって、優里の肩に身を寄せた。 「寒いですか?風が出てきたから」 優里は着ていた上着を俺に掛けた。 「ありがとう」 襟を引き寄せスゥッとパーカーの香りを吸い込んだ。 好きな人が側に居る。 「優里…」 前を歩く優里を呼び止める。振り返った彼は優しく微笑む。 「どうしたんですか?」 その問いかけに、呟いた。 「キス…して欲しい」 ハッとした顔をして、優里は俺の身体を乱暴に引き寄せ、抱きしめた。 「光さんがそんな事言うと、俺、心臓もたない」 そう言って綺麗な顔を傾け、唇が重なった。
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