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その日はボンヤリしてしまって、バイトは俺だけなのにつまらないミスが続いた。
ビール3のところを2しか運ばなかったり、入ったオーダーを通さないままだったり、それはもう散々だった。叱ってくれる七斗は居ない。
八神さんはどんな気持ちで仁さんを捕まえたんだろう…七斗は完全にノンケの気配しかしないし、そんな彼に俺はどの覚悟を持って…こちら側に引き入れる事が出来るのか…。好きだ好きだと思うばかりで、相手の事を何も知らない俺がそんな事…出来るはずない。
それに比べて優里ときたら…。
強引で狡猾で…俺よりデカいし、イケメンだし…女を取っ替え引っ替えらしいし、挙句はタチの俺に手を出そうとしてる。
行動力がありすぎてある意味羨ましい。
でも俺は絶対に優里を好きになる事なんてない。
そもそも俺は小柄で華奢な可愛い男を攻めるのが好きなんであって、あんなデカい男、可愛いとさえ思えない。
エプロンを外しながらロッカーに額をゴンと押し当てた。
「おい光、大丈夫か?」
突然、後ろから仁さんの声。
振り返ると、彼は肩ギリギリまである艶やかな黒髪を結んでいたゴムをハラリと解きながら俺に苦笑いを見せた。
「お疲れさぁ〜ん」
「…仁さん…すみません、俺、ミスばっかしちゃって。」
仁さんは解いた髪を無造作にかきあげながら呟いた。
「…桜士になんか言われたか?始まる前、アイツちょっと変だったから。」
俺はビクッと顔を上げて仁さんを見つめた。
「な、何だよ」
「分かるんすか?…八神さん、俺にはそんな違って見えなかったけど…」
「ハハ、分かる分かる!アイツ、めっちゃ顔に出るもん。クールビューティー気取ってるだけだよ。」
俺は八神さんに二人の関係を口止めされている手前、店からの入口を気にしながら仁さんに呟いた。
「特に何も言われてませんよ。それより…本当に仲、良いっすね」
仁さんは腕組みして壁に寄りかかると、う〜んと悩むような素振りを見せてからニッコリ笑って言った。
「悪くはないよな…俺、アイツ大事だから」
仁さんは身長も175くらいあって、俺と変わらない男らしさがある。八神さんは180を超えてるから更にデカいんだけど、仁さんに女らしさや可愛らしさを感じた事はない。
だけど今一瞬きた。
クラッときた。
眩しい笑顔と、何より八神さんの事が全身全霊で大好きだと伝わる言葉。
顔が良いのは分かりきってる事だけど、八神さんが何でこの人じゃなきゃダメなのか分かるような気がした。
綺麗だったんだ。
一瞬で感じた羨ましいという感情。
八神さんは手に入れている。
"普通"じゃなくても生きていける…何か。
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