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何を返せば正解か分からず、壁にかかった時計を大げさに見上げ、慌てるふりをした。
「あ、俺、明日一限取ってるんだった…あがりますね」
「おぅっ!今日のミスは気にすんなよな!そういう日もあるからさ」
仁さんはロッカーからタバコを取り出し口に咥えながらそう言うと、ソファーに座り、いつも通り胸ポケットからジッポを取り出した。
「はい…ありがとうございます、じゃ、お疲れ様っす」
タイムカードを打刻して、裏口から出た。
外は蒸した空気で、いつも見える月は見えず、風の強さに灰色の雲が流されていた。
ポケットから携帯を取り出す。
七斗とのライン…最後のやり取りは事務的なバイトを代わってくれないかという内容。
いつも澄ました顔をしているくせに、犬のスタンプが来て、可愛いと俺の心を踊らせた。
そんな事を…七斗は知らない。
道端に立って携帯を睨みつけていた俺を呼ぶ声がした。
「光さん」
クルっと振り返ると、ツンと長い人差し指が俺の頰を突く。
「うわぁっ!!なっ何だよお前っ!足音くらいさせろよっ!てかっ!気配消すなよっ!猫かよっ!ビビんだろっ!」
暗がりに立っていたのは優里だった。
バイト前に出会った時同様に、黒い上下の服が暗闇に同化して、朱色に近い瞳の色がまるで黒猫のようだ。
「光さん、よく喋るねぇ…そんな驚くと思わなかったから、ごめんね?…怖がりなんだなぁ」
ニヤニヤ笑う優里にカチンときて携帯をポケットに押し込み歩き出した。
「ちょっと!無視は良くないでしょ」
「うるさいっ!」
「光さんて俺の扱い酷いよね」
俺はギュッと拳を握り立ち止まった。
後ろからついてくる優里に振り返る。
「お前が勝手に付いてくるんだろ!今何時か分かってるか?高校生がフラフラしてる時間じゃねぇんだよ」
「だって俺、塾だったから」
「じゅっ…塾…」
「そうですよ。光さん、頭良い頭良いって人が努力してないみたいに言いますけど、俺、結構努力家なんですよ、こう見えて…ね?」
立ち止まった俺の前に歩み寄ってくる優里。
身長差に戸惑いながら、年下の生意気な胸元を指先でトンと突いた。
「悪かったよ…気をつけて帰れ」
「はい…ぁ…」
小さな声でポツリと呟くもんだから気になってしまい振り返る。
「何だよ」
「いや…何でもありません。おやすみなさい。また…」
「…おやすみ」
ぎこちなく手を上げて、また…と呟いた優里が気にはなったが、あまり深く考えない事にした。
アイツにこれ以上振り回されるのはごめんだからだ。
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