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歩幅は広く、ズンズンと歩道をいく。
時間は夜の7時に近づいていて、季節は梅雨終わりの七月半ば。空はまだかろうじて明るい。
さっきまで居たファーストフード店からかなり距離を取ってから歩いて来た道を振り返った。
「何だったんだ…あの子」
独り言を呟いて眉間に皺を寄せた。
夏季休暇に入る前の試験勉強の為に入ったはずが、たしかにソレは捗っていなかった。
言われた親子をガラスの反射を利用して眺めていたのも間違いない。
一体いつから見られてた?
俺は少しの違和感を覚えながらも、高校の頃から働いているバイト先、居酒屋さくらに向かった。
綺麗な桜色の暖簾が掛かった店の裏口に回り、中に入る。
ドアのすぐ隣にタイムカードの機械とカードホルダーが壁にぶら下がっている。
自分の名前が書かれたタイムカードを打刻すると、ジー、ガチャンと古びた音がバックルームに響いた。
縦長の灰色をしたロッカーが並び、そこに表札カードが差し込んである。俺は端から3番目のハセとカタカナで書かれたロッカーの扉を開いた。
中には黒いカッターシャツと黒のスラックス。長いカフェエプロンがハンガーにかかって俺を待っていた。
いつもより早歩きしたせいか、立ち止まると汗が背中を流れていく。
「ちぃ〜す、早いな光」
料理長の仁 成人(ジンナリヒト)さんが店からバックルームに入ってきた。
「はぁ…まぁ、色々ありまして」
苦笑いしながらジーンズを脱ぎ、スラックスに足を通す。
仁さんは俺の隣のロッカーを開きタバコを取り出して口に咥えた。
オーナーの八神 桜士(ヤガミオウシ)さんが家で古くなったと言って持ち込んだ高そうな革張りの茶色いソファーに腰を下ろした仁さんは、ローテーブルに置かれた灰皿を引き寄せながら俺に声をかける。
「色々?冴えない顔見るとこ、良くない感じだな」
黒いカッターシャツの胸ポケットから銀色のジッポを取り出し、カチンと蓋を開け火をつけた。
俺はシャツのボタンを留めながら笑う。
「仁さん鋭いなぁ」
「ま、今日は全員出勤の日だし、適当に手抜いていんじゃね?」
フゥーッと煙を吐き出すと、店からバックルームに入って来たオーナーの八神さんが仁さんを睨みつけた。
「成人、幾ら仲良しこよしの関係でも仕事の手抜きを勧めるのは感心しないな」
仁さんは長い足を組み替えながらヒヒッと笑う。
「そう怖い顔すんなよ。ただでさえデカいだけで威圧感あんだからよ」
仁さんは八神さんの高身長を弄りながら懲りた様子を見せない。
八神さんは呆れた顔で俺を見て言った。
「こんな大人になるなよ光」
俺はハハッと愛想笑いしてから八神さんの目を盗み、仁さんにダメですよ〜と笑った。
二人は仲が悪いわけではない。
幼馴染みというヤツらしく、二人に遠慮はないのだ。
この店も、オーナーは八神さんになってはいるが、殆ど二人のモノという事らしい。
いつだったか、早めに来すぎた俺は見てしまったんだ。
二人が…熱いキスを交わしているところを。慌てて隠れて…その時は焦ったけど、安心したのも良く覚えている。
何を隠そう俺も同じ同性愛者だからだ。
両親は早くに離婚し、父に引き取られ育った。高校生になってからは家を出て一人暮らしをしている。人一倍家族に憧れを持ってはいるが、おそらく永遠に叶う事のないその結婚の二文字に諦めをつけてはいた。だけど、二人を見ていると、こういう生き方もあるんだなと思えたりするわけだ。
だけど、それが"普通"じゃない事に変わりは無くて、たまに今日みたいに家族連れを見ると羨望と絶望が入り混じった複雑な気持ちになったりした。
「おはようございまぁーす」
「おはようございまぁーす」
エプロンを巻いて着替え終わった頃に重なるように二人分の挨拶がする。
タイムカードの打刻音が響いて、こっちを向いたのは高校三年の二人、アルバイトの天沢 七斗(アマサワナナト)と羽柴 学(ハシバマナブ)だった。
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