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ファーストフード店を黙って後にした。
背中に刺さるような視線を感じたけど、足取りを緩めずに歩いた。
そもそも知り合って3回しか会ってない。時間にしたって大した量じゃない。
何を知りたくて、何がしたいのか全く分からない。
ただ単純に、頭の良い奴がどうでも良い駒を見つけて、それで遊ぼうという魂胆が隠れている気がした。
大体、俺はタチで、あんなデカい男と付き合うどころか、抱きたいという思考になるのも難しい。
そこまで考えて、気づいた。
あぁ…俺、しっかり遊ばれてる。
アイツの事を気にし過ぎてる。
パチンと平手で額を叩いて空を見上げた。
一番星がキラキラと光るのが見える。
紫、ピンク、オレンジ、茶色、深い闇の色に鮮やかな色が混ざりながら堕ちていく。
変な言い争いの果てに背中を向けて出て来たせいで、シャツが身体に張り付いて、息苦しさを生んでいた。
そんな夕暮れ時の中を帰宅時間が被ったサラリーマン達とすれ違いながらバイト先である居酒屋さくらに到着した。
淡いピンクの暖簾が生暖かい風に上品に揺れるのを目の端に入れながら裏手に回る。
中に入り、タイムカードの打刻を済ませると、料理長の仁さんはゲーム機を手に、咥えタバコでソファーに座りプレイ中だった。
「おはようございます。珍しいっすね、ゲームなんて」
「あぁ…たまにはなぁ〜…ぅわぁっ!あっちゃあ〜死んだぁ…」
ゴロンとソファーに倒れ込む仁さん。
「何やってんすか?」
「恐竜倒すの」
「フフッそれ、八神さんが好きなヤツ」
「新しいの出たからやってみろってさぁ、アイツには勝ちたかったんだけど…無理そうだわぁ」
俺は着替えを進めながら物凄く平和な気分になっていた。
「あの…仁さんと八神さんて」
「おっ!光、来てたのか」
店側から八神さんがバックルームに入ってくる。
「あ、おはようございます…今来たとこです」
エプロンを巻きながらそう言うと、八神さんはそっか、と、軽く返事をして仁さんに言った。
「成人、材料の量、最終確認しといて、発注明日の朝一だから」
仁さんはタバコを灰皿に捩じ込んでゲーム機を八神さんの胸に押し付けた。
「すぐ死ぬからつまんねぇ」
「フフ、言っただろ、成人が下手なの。」
手をヒラヒラさせて仁さんは行ってしまう。八神さんはそんな仁さんの後ろ姿を愛しそうに目を細めて見送った。
二人きりになったバックルームで、八神さんが俺を見下ろすと呟いた。
「何?俺と成人が…どうかした?」
どうやらさっき俺が仁さんに聞こうとした事を聞いているらしい。
「えっ…と…あぁ…いえ」
「光は気付いてるんだろ?だったら深掘りする必要なくない?あと、口は悪いけど俺の可愛い人はメンタル繊細なの。何かあるなら俺通してくれる?」
「…す、すみません」
「悪いな、俺は全然大丈夫なんだけど、アイツは元々こっち側の人間じゃない。…俺が引きずり込んだんだ…だから…」
八神さんの少し困ったような表情が辛くて、俺はまた謝ってしまう。
「すみません…もう、聞かないですから…心配しないでください」
八神さんが仁さんを同性愛の世界に…
それは少し意外だった。
二人とも、ずっと二人だけを想ってきたように勘違いしていたからだ。
二人にも、過去は色々とあったに違いない。
今の話じゃ、仁さんはそれなりに女性とも遊んでいたんだろう。
でも…八神さんは仁さんの"普通"を奪ってでも…一緒に居る道を選んだんだ…。
「光、大丈夫か?お前昨日からちょっと顔色良くないぞ」
八神さんに言われ、自分の頰を撫でた。
「そうっすか?…テスト勉強疲れかな…大した事ないですよ。今日、バイト俺だけだし気張らないと」
高3組の二人は受験生って事もあり、塾やなんだと休みが増えていた。
その分の皺寄せはもちろん俺にかかってくる。
「あぁ…それな、七斗と学以外にバイト増やそうかと思ってんだ。明日、募集かけた分がネットとかで上がるはずだから、もう少し頑張ってくれ」
八神さんの言葉を聞いて一瞬驚いた。
かなり前になるけど、あまり人は増やしたくないって言ってたからだ。
「もう募集かけちゃったんですか?」
思わず八神さんに詰め寄る。
「あ、あぁ…だって、光一人じゃ回らないよ。アイツらが大学どこ行くか次第だけど、ここに残るかなんてわかんねぇしな。今、七月だからぁ〜半年以上はこんな調子だ。さすがにキツいぞ」
俺は七斗の事を思いながら、俯いた。
確かに、好きな奴の事なのに俺は何も知らなかった。
七斗が地元に残るのか…遠くの大学に行ってしまうのか…。
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