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新しい本を開く瞬間はいつもどきどきする。
朝の空気が満ちる静かな教室で、私は昨日買ったばかりの文庫本を開いた。
小説が好きだ。
ページをひとたび捲れば、信じられないほど綺麗な景色やありふれた尊い日常、荒廃した世界の果てまで、無数の感情とともに何処へでも私を連れて行ってくれる。この薄い紙はまるで魔法の扉のようだ。
朝一番に登校して、誰もいない教室でチャイムが鳴るまで本の世界に沈み込む。
それが私の大切な日課だった。
しかし、その日課に邪魔が入るようになったのは昨日からだ。
「おはよっ」
明るい色の長い髪を揺らして、跳ねるような声で言う彼女は隣の机に鞄を置いた。
その鞄を開けて教科書を机にしまいながら、近くのクラスメイトたちにも「おはよっ」と声をかける。そのままおしゃべりが始まって、朝の静けさは蹂躙される。
昨日の席替えで隣の席になった女の子。
無邪気で、社交的で、いつも笑顔な女の子。
私は彼女の使う『おはよう』が好きじゃなかった。
話しかけるきっかけを作るための『おはよう』。
自分の存在をアピールするための『おはよう』。
周りのイメージを崩さないための『おはよう』。
そんな風に、形だけ。
ただの定型として言葉を扱う彼女が苦手だった。
言葉って素敵な世界を創るためのものなのに。
彼女の張りぼての言葉に私は何も返さない。読書に集中していて気付かない振りをする。
昨日もそうした。明日もそうするつもりだ。もし何か言われたとしても「他の人に言ってるんだと思った」とでも言っておけばいい。
雄大な文字列に目を落とす。
私の大切な時間は、たくさんの美しい言葉に守られていた。
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