02 ガマンできない

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家から仕事場までは、ビルが見えていたとしても、徒歩15分は掛かる。 大きい建物だから近いと思ったら、案外そうでもないってことだ。 まぁ、車なんて使わず散歩がてらに歩いて行き、ビルの正面から入れば、顔パスで警備員を通過し、その後はスマホに入れてる個人情報の読み取りによって出勤時間も分かる。 勤務開始時間は、古典的なタイムカードだから仕方ない。 1分ごとの給料を精算するには、どうしてもタイムカードの方が効率がいい。 最上階に行くまでの間、何度か入ってくる人達に挨拶しては、社長室のあるフロアに辿り着く。 「 おはようございます、白虎(はくと)社長 」 「 おはよ 」 「 おはようございます!白虎社長、今日も頑張りましょう 」 「 おはよ、程々にな 」   このオフィスには殆ど、獣人専門にデザイン画を描いたり、試作品を創る獣人達ばかりの為に、彼等に挨拶してはガラス扉の向こうにある、社長室の椅子に座る。 因みに、獣人、虫人、鳥人には其々人間寄りとほぼ獣寄りの者達がいる。 俺や飛由真(ひゅうま)のように耳や尻尾しか分からない程度は、ケモノ度20%と言うが、 手足もケモノの場合は30%、 顔以外が毛に覆われてるのが40%。 全身が覆われてるが、人間っぽいのが60%。 そして、二本立ちしたぐらいのが80%となる。 この獣人度が80%のαは滅多に存在せず、αの中でも特に貴重だと言われてる。 俺の兄が…この80%だから、あの人を思い出すと、自分がどれだけしょうもない存在なのか思い知る。 「( 100%なら出来るが…。あれは只の虎だから見せたくはないな… )」 獣人の殆どは100%の姿になれるが、四つん這いで歩く様は、二足歩行になった獣人にとって、餌と同じ獣と同等だから、余り人前では見せたくない者が多い。 「 とりあえず…仕事始めるか 」 机の端に置いてあるタイムカードに手を伸ばし、ボタンを押せば時間と共に記入される為に、それを見て置いてある書類へと視線を落とす。 「 おはよう、晴哉。仕事の前にちょっと来てくれるだろうか?支部の方から来た奴がいるから 」 「 嗚呼…来るって言ってたな…。挨拶しようか 」 勢い良く入ってきた後に持っていた書類を机に投げ置いた飛由真(ひゅうま)に、彼の言葉に思い出せばその書類を何気なく真っ直ぐにしてから立ち上がり、向かう。 出勤した社員達がそれぞれの机にある椅子に背を向け立てば、副社長の机近くに立ち、視線を向けた。 「 え…… 」 「 初めまして、北支部からやって来た。兎月(うづき) (らん)と申します。今日から皆様の手伝いをしつつ、この会社の良い所を参考にさせたいと思いやって来ました。 一ヶ月…宜しくお願いします 」 「「 宜しくお願いします 」」 北支部のチーフデザイナーをし、ファッションショー等も執り行う、支部の中では最高幹部の一人。 確か、学歴も申し分ないぐらいのエリートで、数々の賞も受賞してるから、 そんな奴は支部の方で後の社長候補として、頑張って貰おう!と顔は余り知らなくても、話だけ通していた奴だったから驚いた。 そんなエリートが…昨日の夜に出会ったΩ!? 「( 酔ってたし…見つけたことの興奮でハッキリ顔を見てなかったの悪いが…。此奴、先月インタビュー受けてたじゃないか。若手デザイナーとして… )」 見れば見る程に、完全に見覚えのあるその容姿に、横髪を耳にかけて前髪を靡かせて、目を見せてる彼は、周りの人達に挨拶してから、俺の方に視線を重ねた。 「( っ……! )」 目が合うだけで心臓が口から飛び出そうな感覚がする為に、軽く逸していれば彼は告げる。 「 白虎社長、気軽に兎月と呼んでくださいね 」 「 あ、あぁ…… 」 此処に居たら匂いとかで気が滅入ると思い、早々に自己紹介や話を彼等に任せてから、社長室へ戻り、椅子に座るなり引き出しから箱テッシュを取り出し、小さく丸める。 「 なにしているんだ…… 」 「 彼奴の匂いで…集中力が切れるから、鼻に詰め物をな… 」 「 止めてくれ。ダサい 」 「 ダサい言うな…俺にとって重要なんだ。よし… 」 やって来た飛由真は、凄く冷たい目を向けてくるが、甘い匂いは集中力を途切れされるから良くないと丸めたテッシュを鼻に詰めては、少し安心するように鼻を吸えば、視線の先に兎月がやって来た。 「 白虎(はくと)社長、来月に行われる水着のサマーショーのことなんですが… 」 「 フンッ!!!あー、ヤバ…外れた 」 「「 ………… 」」 鼻息の勢い余って飛んでいった丸めたテッシュを拾っていれば、飛由真の顳顬に青筋は立つし、兎月はキョトンとした顔で見てきた。 「 なんだって? 」 「 俺…こういったステージを考えてきたのですが…。ライトの配置や色などご指導貰えたらな…って… 」 視線で指示し、飛由真が紙を受取れば俺に向けてきた為に、その綺麗に描かれてるステージより、紙についてる匂いの方が気になって、無意識に鼻先を寄せていた。 「 スンスン……いい匂いがする……。ハッ!!! 」 自分はなにをしてるんだとハッとすれば、二人の顔が見れなくて固まった。 「( これ、番になるまで仕事が手につかないだろうな…… )」 「( フフッ…可愛い )」 タラタラと変な冷や汗を感じては、彼等に目を向けれないまま、紙を飛由真に返した。 「 と、とりあえず…。演出課の孔雀(くじゃ)に聞いてくれ 」 「 と言うことなので…。二つ下の階にいる、クジャクの鳥人に聞いてみて、許可が下りればまた見せに来てくれるか? 」 「 はい、分かりました 」 紙を持って立ち去った兎月の残り香が、辺りにも甘くて、彼がオフィスから離れたのを見て机に額をぶつけた。 「 だめだ…ガマンできない……。匂いで…頭がお花畑になる… 」 「 ラフレシアとドリアンの香水持ってきますね 」 「 頼む 」 その後、鼻を麻痺させる為に持ってきた飛由真の香水を社長室とオフィスに撒き散らした。 「「 ………!! 」」 俺を含めた哺乳類の獣人が、このオフィスに入ってくる度に、フレーメン反応をした時の顔になったのは言うまでもない。 「 なんでこんな、凄い匂いしてるんですか? 」 「 白虎社長の顔を見たらわかるよ… 」 「 なるほど…… 」 俺は最早、色んな匂いが強すぎて宇宙猫状態だった…。
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