暗がりに見る鬼

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暗がりに見る鬼

 人を蝕む鬼がいる。どんな人にも鬼は住む。鬼は、人の心の弱いところに巣喰って、今か今かと隙を窺い、待ち構えている。そして、度々表に現れては、人を悩ませるのだ。 「疑心暗鬼を生ず」という言葉があるが、では一体私は何によって疑心を抱き、鬼を生み出すのだろう。  突然現れるそれは、実は疑心が鬼を見せるのでなく、元々心に住む鬼が、疑心を生じさせていることはないだろうか。  例えば、いつもと何事も変わらず、ひとり職場へ向かっているときなどの日常に、前触れもなく唐突に、不安に苛まれることがある。  どんな不安かと言ったところで、情けないほどくだらなく、自意識過剰なことではあるのだが、つまりは「誰々さんは、本当は私のことを嫌いなのではないだろうか」という思いつきから始まり、そこから、あの人も、この人までも、その可能性があるような気がしてきて、「実は皆んなから嫌われていたらどうしよう」となる。  勿論、近頃何かされたわけでも、聞いたわけでもない。ただ、本当に突然、はっと思い出したようにそういう不安感が襲うのだ。  そうなってしまうと、もうだめである。  相手の顔色を怖々と窺い、言動や態度の些細なことでも、それが何だか機嫌が悪いように見えて、すくんでしまう。腫れ物を触るように気を使い、相手の一挙手一投足に過敏になり、もう普段のような会話が出てこない。話すのが怖いのだ。それでも、なんとか当たり障りのない会話や受け答えで凌ぎ、出来るだけ普段通りに見えるよう振舞う。  思い当たることは無いのだから、考えすぎだ、と思っても、例え嫌われていたとしたって、構わないじゃないか、と思ってみても、どうにも治まることがない。仕方なく、数日か数週間か、自然と心が落ち着くまで待つことになるのである。  これが疑心暗鬼と言ってよいものであれば、果たしてそのとき私が鬼を見ているのは、相手の中にだろうか、それとも、自分自身の中なのだろうか。
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