入校(1)お客様の時間は終わりです、は本当だった

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入校(1)お客様の時間は終わりです、は本当だった

 そうして上級生に教わりながら生活にも馴染んで行って、とうとう、入校式である。日本全国から学生の家族が出席し、いわゆる入学式を執り行う。  普通の学校の式典とは流石に違い、長い話でもフラフラする学生はいない。ピシッと立っている。  1年生にはそれがどうにもまだ辛いが、上級生は涼しい顔でピクリともせずに立っている。それを家族達は見て、 「うちの子にあんなことができるのかしら」 「心配だ」 となるのだが、その後に行われる懇親会という、家族とのしばしの最後の別れを経て、僅かながらも自覚と希望を持って真の防大生となる。 「次に会えるのは随分先ねえ」  ポツンと誰かが言った。  どの子も大抵は、どこか甘い、子供の顔をしている。  その中で、顔を強張らせている1年生がいた。 「どうしたんだ。不安になったか?」  からかうように言う学生に、その男子学生はキッと目を向けた。 「お前ら、知らないのか?『お客様の時間は終わりだ』ってやつ」  ピヨたちはキョトンとし、別の数人は中途半端な笑いを見合わせた。 「あれってフィクションだろ?」  入校式を終えるまでは新1年生はまだお客様で、それが済むと、地獄のような訓練の日々が始まる──というものらしい。 「まさか。だって、みんな優しいよ?」 「ある程度はそりゃあ厳しくなるだろうけど……なあ?」  懐疑的な声が多い。  ピヨ達1年生は、やや不安を抱えながら、部屋へ戻った。 「へ?」  上級生たちが、おかしい。  笑顔がない。あっても何か怖い。 「最近はマンガとかでも知られてるけど、敢えて言う。『お客様の時間は終わり』」  ピヨも春美も、驚きに声も出ない。  その先で、そんなピヨ達の反応に満足したらしい香田が、笑顔を浮べずに命令した。 「作業着に着替えてすぐに廊下に整列!急げ!」 「──!?」 「返事!!」 「は、はい!」  どこの部屋も、同じやり取りがなされているのが聞こえる。  ピヨと春美は、大慌てで着替えを始めたのだった。  あたふたと着替えてどうにか廊下に出る。  ちらりと窺う上級生の顔は、部屋の上級生も対番の上級生も厳しく、皆が知らない人のように見える。そして1年生は、戸惑い、ビクビクとしていた。 「日夕点呼!」  その声に、素早く反応して上級生たちが 「1!」 「2!」 と始めるのに対し、1年生はショックから立ち直れないまま、遅れてしまうものが出る。 「ろ、ろくぅ」  それを、これまでは笑って 「だめじゃない、気を付けないと」 と指導してくれた優しい先輩はもういない。 「腕立て伏せ、よおーい!」 「へ!?」  突っ立っているのは1年生で、上級生たちは、即、腕立て伏せの姿勢になっている。  ピヨと春美は反射で腕立て伏せの姿勢をとったが、隣の1年生が突っ立っており、 (あ、まずい) と思って早くしろと囁くよりも早く、肩を掴んでむりやり這わされて半泣きになった。 「な、なんですか!?」  講義に顔色を変える事も無く、上級生が答える。 「腕立て用意と言った」  反論も抗議も受け付けない。そう全身が言っている。 「いーち!」 「1!」  揃って腕立て伏せを始めながら、 (これは何?サギじゃないの?) とピヨは思い、これからの生活に大きな不安を抱いた。  しかし、学生生活は、やっと始まろうとしたところである。
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