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着校(1)自衛隊という進路選択
横須賀の駅からバスに乗る。やたらと大きなバッグを持った若い人が多いのは、それが皆、同じ場所を目指しているからだ。
防衛大学校。将来の幹部自衛官を教育する学校である。
大学であり、学生であるにもかかわらず、給料も出るし、ボーナスも出る。しかしその分厳しく、重い責任と強い自覚が求められるものである。
「ふああ、着いたぁ。防大かあ。何か、想像もしてなかったなあ」
大きな荷物を肩から下げてバスから降り立ったピヨこと潮見陽奈は、くすぐったいような感慨深い思いで校門を見た。
思えば、進路を決めるのには色々と悩んだ。
高校は県内では上の方の偏差値で、それこそ国立大学や有名私立つ学を受けるような学生もいるし、短大や専門学校へ進む学生もいるし、就職する学生もいる。
それでも、防衛大学を受験する学生は初めてだった。
ピヨもまさか防衛大学を受験し、自衛官になるとは自分でも思ってもみなかった。しかし、受験しようとしていた私立短大の受験日に事故に巻き込まれて試験を受けられず、父親が子会社に出向になった上に母親のパート先が潰れた。それでは就職しようかと思ったが、就職活動するにも出遅れていたし、このご時世、高校卒業者にはもともときつい。
どうしたものかと悩んでいた時に不意に目に入った防衛大学の文字にヤケクソ気味で飛びついて、そこからは一応真面目に努力して、どうにか合格を果たしたのである。
特に女子の合格者はかなり成績優秀な者が多いと後で教師から聞き、ミラクルだと教師共々喜んだのだった。
(まあ、何はともあれ卒業後に進路に悩む必要もないし、お金をもらって勉強できるんだし。厳しいとは聞いたけど部活程度でしょ。がんばらなくっちゃ)
そう、期待に胸を躍らせて学校への第一歩を踏み出したのであるが、その考えがいかに甘いものであったのかを知るのは、まだ先の話である──。
制服の上級生がつくテーブルで、次々と受付がなされて行く。
「はい、潮見陽奈さんですね。
対番が来るまでちょっと待ってくださいね」
にっこりと笑う上級生は優しそうで、ピヨはちょっとほっとした。やっぱり自衛隊というので、映画で見たような鬼軍曹的な人ばかりなのではないかと内心では心配していたのだ。
「はい!」
ピヨは返事をし、
「ん?タイバンというのは何ですか?」
と首を傾けた。
「わかり易く言うと、2年生と新1年生がペアになって、2年生は新1年生に色んな事を教えて面倒を見るというシステムになっているんだよ。何でも相談してね」
「おお……!はい!」
ピヨは、
(なんて親切な学校だ!)
と感動に体が震える思いがした。
「お待たせ。潮見陽奈さんね。あなたの対番になる佐々木由梨です。よろしく」
現れたのは、ショートカットのよく似合うボーイッシュな女性だった。
「潮見陽奈です、よろしくお願いします!」
ピヨは勢いよく頭を下げて挨拶し、佐々木に連れられて寮の部屋へと向かった。
同じようなペアがそこかしこを歩いている。
と、新2年生に訴えている新1年生がいた。
「そんな短い髪形、私似合わないんです」
その新1年生は、肩に付かない程度の長さのおかっぱにしてた。
ピヨはあらかじめ通知に書いてあった通り、おおかたの荷物は郵送してあるし、髪も「耳にかからない長さのショートヘア」にして来た。まあ、こんなベリーショートにした事は無いのでどこかおかしい気もしていたが、仕方がないものと諦めて来たのだが、その子は粘っていた。
「ううん。規則なのよね。それに、短い髪がいいっていうわけも、いやでもわかるんだけどね」
2年生が半笑いで言うと、近くにいたほかの上級生たちも苦笑した。
「まあ、とにかく決まりだから。校内に床屋があるから切って来て」
あっさりと言われ、新1年生は不満そうな顔で口をへの字にする。
それを横目にしながら、ピヨ達は進んで行った。
「まあ、ああいう風に戸惑う事も多いだろうから、質問でも相談でも何でも言ってね。部屋の上級生には言えない事とか。
はい、ここが潮見さんの部屋ね」
並んだドアの一つを佐々木が開ける。
同じベッド、ロッカーがズラリと並ぶ。どうやら8人部屋らしい。
「荷物を置いたら制服とかを取りに行こうか」
「はい!」
佐々木はにこにこと言い、ピヨもにこにこと答える。
一人っ子のピヨは、姉ができたようでくすぐったいような嬉しさでいっぱいだった。
体に合った制服一式やら必要な文具やらいろんなものを揃えて、疲れた気分で部屋へ戻ると、佐々木はにこにこしながら言う。
「さ、私服一式は家に郵送するよ」
「は?」
ピヨは目が点になった。
(何を言っているんだろう、この人は?)
「えっと、お休みの日とか、私服がいりますよね?」
「私服が許されるのは二年生以降だからね」
「え……実家に帰る時も?」
「そう」
「買い物とかで駅前とかに出る時も?」
「勿論」
「ひえぇ」
ピヨはのけぞりそうになった──が、そんなものはまだまだ序の口であるとは、この時は知らなかったのだった。
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