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目の前に居たのはソウビじゃなかった。
上等な着物姿の、色白でキツネ顔の男。
見覚えがある。
「やあ。久しぶり。大きくなったね」
あの雨の夜。私を殺そうとした従者。
「……オオトシ」
「覚えててくれたんだ。嬉しいなぁ」
「忘れたかったよ。アンタの顔なんか」
「スサノオ様の顔は?」
「……用件を言いな」
不機嫌を包み隠さず声に出す。
それでもオオトシは笑顔。
相変わらず気味の悪い男だ。
笑みを浮かべたまま、オオトシが言う。
「迎えに来たよ。アヤナギ」
「からかうんじゃないよ。斬り捨てるよ」
「本当だって。スサノオ様の命令だ」
「騙されないって言ってんだ」
「アヤナギに、最期を看取って欲しいって」
オオトシの言葉の意味が、すぐに理解出来なかった。
……最期?死ぬのか、スサノオが。
「どうする?」
「……どうもしないよ。死ぬなら勝手に死ねばいいさ」
「僕はどっちでもいいんだけど。スサノオ様がね。アヤナギのことが心残りだって」
「なに言ってんだい今更」
虫のいい話だ。
死を目前にして弱気になったか。
「スサノオ様はずっと君を側室に、って望んでた。でも僕が反対した。仇討ちでスサノオ様を殺されたら困るから」
「賢明な判断だ」
「でも。取り越し苦労だったみたいだね」
「どういう意味だい」
「君にはスサノオ様を殺せない。愛する人に刃は向けられないよね」
見透かされた気がした。
でも直ぐに思い直す。
この男は平然と嘘をついて相手を試す。
巻き込まれたら終わりだ。
「私が刺客を送り込んだのを忘れたのかい」
「あぁ、チカのこと?」
チカは私が育てた孤児だ。
武芸も私が仕込んだ。
頭も良くて器量良し。
でもスサノオの暗殺には失敗した。
この男に阻まれて。
「あの子。今はアンタの側妻になってるんだろ」
「感謝してるよ。おかげで彼女と出会えた」
「元気にしてるのかい」
「話を逸らさないでよ」
オオトシはへらっと笑う。
底の見えない不気味さが不愉快だ。
「行かないよ、私は」
「あ、そう。どうして?」
「死にかけたスサノオを前にして、許さなかったら私が鬼と思われるだろ」
「弱ったスサノオ様を見たくないんだね」
「許したくないんだよ。死ぬまで」
スサノオは父を殺した。
娘の私が許す訳にはいかない。
「……わかった。スサノオ様に伝えるよ」
「そうしとくれ」
「アヤナギは凄い美人に育ってたって」
「……ふざけてんのかい?主が死にかけてるってのに」
「あぁ。信じたの?」
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