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今でも覚えてる。
土砂降りの雨の中。
暗闇に轟く雷鳴。
首を斬られ息絶えた父の姿。
血の滴る剣を手に、傍らに立っていた大男。
幼い私が見上げたのは、ゾッとする程に美しい男の横顔だった。
◆
「アヤナギ様」
梅雨の雨に濡れる庭の紫陽花。
ぼんやり眺めていた私の顔を、心配そうに覗き込むのは従者のソウビだった。
眼鏡をかけた若い優男の姿をしてる。
今日は。
ソウビは自在に姿を変えられる。
本当の顔は……もう忘れた。
「また思い出されていたのですね。お父上のこと」
「……なに言ってんだい。あれからもう30年も経つんだよ」
「そうですけど」
30年前まで、此処は父が治める国だった。
あの日。あの男が現れるまで。
高天原から来たという男は、父を殺しこの土地を奪った。
家に伝わる天叢雲剣も持ち去られた。
男は、父との約束で私の命を助けた。
それがまた腹立たしい。
幼かった私には何も出来なくて。
国の外れにある山奥の館で大人しく暮らすしかなかった。
「今からでも遅くないです。殺っちゃいましょうよスサノオ」
「ソウビ」
私が睨みつけたら、ソウビは肩を竦めて足早に部屋を出て行く。
「……まったく。何も分かっちゃいないね」
殺れるものなら殺ってる。
実際、刺客を送り込んだこともある。
作戦は見事に失敗した。
あの男は国王。
暗殺未遂の黒幕は私だと分かってる筈なのに。
何のお咎めも無し。
「舐められたもんだね……」
今でも毎月送られて来る金。
一切、手は付けてない。
30年だから相当な額になる。
いつか突き返してやる。
王宮に乗り込んで。
殺されるかもしれない。
本望だ。
ひと目でも。あの男の姿が見られれば。
父の骸の傍らで。
あの男は私の頬を撫でて言った。
『美しい娘だ。殺すには惜しい』
従者の男は父との約束を破って私を始末しようとしてた。
でも、あの男は。
スサノオは私を生かした。
そして帰り際。
従者に聞こえないように、小さな声で言った。
『いつか迎えに来る』
その言葉を信じた訳じゃない。
実際、30年もほったらかしだ。
私もいい歳だし、スサノオも老いただろう。
今更、迎えに来られても困る。
遠くからソウビの大声が聞こえた。
だんだんと近づいてくる。
「何だい。騒がしいね」
叱ってやろうと立ち上がり、廊下に続く引戸を開けた。
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