【始まりの日】

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 バスの車窓から見る景色が、変わっていた。  札幌の八月末は、夏を残しつつも、秋がすぐそこまで近づいている。  白いうろこ雲が浮かぶ空の色は、一ヶ月前よりも薄い青色。  あと三ヶ月もしたら、この街の空は灰色となり、雪雲に(おお)われる。  降り積もる雪は、なにもかも全て隠すように白く染まってしまい景色が一変する。  ぼんやりと、外を眺めながら四度目の冬に想いを()せた。    七時五十八分、住宅街にある停留所に到着する。  プシューっとエア音を立てバスのドアが開くと、数人が乗り込んでくる。  いつもの顔ぶれ、サラリーマンや学生、その中の一人、背の高い彼の姿を久々に確認し、頬が(ゆる)んだ。  爽やかな青空に負けないくらいの涼し気な目鼻立ち。薄い唇をキュッと結んだ凜とした横顔。  このバスの中、他の誰よりもひと際輝いて見えるのは、私の欲目だけではない、多分。  夏休み前より少し日焼けし、ワイルドさが加わった分、かっこよさが三割り増ししている。  ああ、本日も(まぶ)しい、(とうと)い、私の()し!  私の記憶が確かであれば、彼の名前は『河合 (さく)』くんだ。  朔くん同様、爽やかなミントブルーのシャツが特徴の私立海邦高校二年生。  この辺りでは、有名な進学校。  朔くんてば、顔だけじゃなくて頭までいいなんて完璧すぎる。  二つ前の停留所から乗った私は、朔くんの乗り込んできたこのバス停から三つ目の市立東高校前で降りる。  初めて朔くんと一緒のバスになってから一年とちょっと、バス停三つ分の至福の時間。  中ほどの一人掛け席に座り、前方に立つ彼をそっと見つめるだけの日々。 『朔くん、お願い! 私に、気付いて、気付いて、いや気付かないで』  矛盾(むじゅん)する乙女の祈りを、こうして毎朝のように彼に(ささ)げる。  だって『うわ、こっち見てる、キモッ!』なんて気づかれでもしたら、盗み見ることすらできなくなるもん。  でも、これは恋ではない。  あくまで、いちアイドルの熱烈(ねつれつ)なファンのようなもの。あくまで推し!  この日々が永遠に続けばいいのに。  いや、この時間だけでいいから、永遠に。
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