【始まりの日】

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 朔くんの横顔をずっと眺めていたいけど、今日も私の降りるバス停に到着。  残念ながら帰りのバスが一緒のことは稀なのだ。 『朔くん、それでは、また、明日!』と思念だけで別れを告げる。  私の頭がもう少し良ければ同じ学校に通えたのかもしれないのに、残念。  ピッと定期入れを翳し、後ろ髪をひかれながらバスを降りる。  そして気付く、残念なのはやはり私の頭だった。  夏休みモードをうまく切り替えることができていなかったのだ。  出口が閉まる寸前、振り返った私の目に映るのは、先ほどまで座っていた席だ。  ん? あれ?  窓側に寄りかかるような黒い見慣れた、私の、スクールバッグウウウウウ!? 「待って? え、ちょっと待ってください!!」  私の叫び声は運転手さんに届くことなく、無情にもバスは走り出していく。  慌ててバスを追いかける私、幸いにもこの先の信号は赤だ。  間に合え、自分! 止まれ、バス! 気付いてください、乗客たち!  あと、二十メートル、十メートル、バスは赤信号に速度を合わせてスピードを(ゆる)めた。  勝利まで五メートルのところで、信号は青に変わり、(あせ)った私の足はもつれてつんのめる。   「っ、うううっ、」  痛い……、色んなところが痛い。  ビタンと歩道にしこたま打ちつけた膝も手のひらも痛いし、新学期早々やっちゃった自分も痛い、泣きたい。  ヒキガエルのように這いつくばり、交差点を左に曲がっていくバスのテールランプを恨みがましく見送った。  どうしよう? こういう時って、まずはバス会社に電話するべき? 電話番号調べたら出てくるのかな?  半泣きを(こら)え、ヨロヨロと上体を起こそうとした時だった。  タッタッタと歩道を走る足音が近づいてくる。  今しがた、バスが曲がった方向から逆光の中、走ってきたが私の前に立った。 「これ、君のだよね?」  息を整えた彼が、まだ起き上がれないでいた私に手を差し伸べてくれる。  その片方の手には、先ほどバスに置き忘れた私のバッグ、ああ、そんなことよりも。  ミントブルーのシャツ、少し癖のある前髪、背中から朝陽を浴びて後光を背負う、天使、いや。 「朔くん!?」
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