【始まりの日】

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「……誰、だっけ?」  首を傾げた朔くんが、いつまでもへたり込む私の腕をグイッと引き、立ち上がらせてくれた。 「悪い、どっかで会ったことあった? 俺、人の顔とか名前、あんまり覚えられなくて」  ホラと渡された鞄、一瞬触れた朔くんの手に、残暑と走ったのも相まって。  動悸、息切れ、のぼせのオンパレード。  こんなラッキーハプニングが、私の人生にあっていいのか? いいのだろうか?  目の前のキラキラした人をもう一度見る。  やっぱり朔くんだ、あの優しい朔くんだ!  私の感情が今世紀最大に高ぶってしまった。  好きな芸能人と触れた、話せた、間近で見れた、そんな気分!  朔くん、ありがとうございます、尊いです、ありがとうございます、好きです、ありがとうございます、 「大好きです!」 「……は?」  朔くんは大きく目を見開いた。  ……私、今なんて言った? あれ? えっと?  数秒の沈黙の後、眉間(みけん)にしわを寄せた朔くんはボソリと呟いた。 「えっ、……こわっ、えっ、」  あれ? 「俺さ、マジであんたのこと、記憶にないわけ。話したことないよな? 知らねえやつに、告白されても嬉しいより怖いんだよ、わかる?」  あれれ? 「自分の身に置き換えて考えてみろよ。いつから俺のこと見てたんだよ? もしかして鞄忘れたのもわざとか? 自分がされたら気持ち悪いなってそう思わん?」  怖い、気持ち悪い……、私に向けられる言葉がグサグサと心に突き刺さる。  も、もしかして、ストーカーだと思われてる!?  なんの反論もできず、必死に首を横に振り、そんなつもりはなかったと否定しても伝わるわけがない。  朔くんは、軽蔑(けいべつ)したような冷たい視線を私に向ける。  ありがとうございます、って伝えるつもりだったのに、なんで!?  好き、どころか、大好きって、……言っちゃってた!  バカなの? 私、本当にバカなの!?  頭の片隅でずっと『夢であれ』と『五分前に戻れるタイムマシンを下さい』を願う自分と。  『どう誤魔化してこの場を乗り切るか』と考えているもう一人の自分。  夢とタイムマシンは無理そうだ。  だったらもう、これしかない。これでいこう!
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