【始まりの日】

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心陽(こはる)っちー、絆創膏(ばんそうこう)あげるよ」  前の席の(あや)ちゃんが振り返り、ピンク色の絆創膏を一枚、私の机の上に置いてきた。  なんで怪我したこと知ってるのかな? と無言で目を丸くした私に。 「さっき水道で(ひざ)洗ってたっしょ? 転んだんじゃないの?」 「あっ、ありがとうございます」  見られてた!!  恥ずかしくて小さくお辞儀(じぎ)をしたら、彩ちゃんは人(なつ)こい笑顔ではにかんだ。  夏休み前の席替えで、初めて彩ちゃんの後ろの席になった。  それから何かと私を気にしてくれる彩ちゃんは、このクラスで一番の陽キャだ。 「夏休み、なにしてたの? 心陽っち」 「え、っと。ずっと、千葉のおばあちゃん家に行ってまして」 「ええ、いいなあ。関東とか、なまらいいじゃーん! 千葉なら夢の国とか行ったの? 東京は? 原宿は? お土産お願いしたらよかったー!」  いや、そこには行ってません、なんて。彩ちゃんは私の返事を聞いちゃいない。  夢の国や原宿について、しばらく一方的にうっとり語っていたかと思うと。 「そーそー! 心陽っちのこと、夏祭りに誘おうか、って話になってー」 「え?」 「クラスの子何人かで遊ぶ予定だったの。でも、その時になってウチら初めて気づいたわけさー。誰も心陽っちの連絡先聞いてないこと!」 「あ、そうかも」  ごまかすように笑った私に彩ちゃんは、やっぱりと心底気の毒そうな顔を見せた。 「ごめんね、心陽っち。私、全員の連絡先知ってるつもりだったのに、心陽っちのだけ入ってないことに今頃気づくなんて」 「え、いや、あの」  彩ちゃんが謝るようなことではない、だって誰とも交換していないんだもん。  聞かれなかったから、というのが正しい。  特に私に興味(きょうみ)なんかないだろう、と目立つことなく生きてきたし、自分から誰かに話しかけることもなかった。  いわゆる、彩ちゃんとは真逆の陰キャの私は、札幌では受け身の(かま)えで過ごしていたのだ。
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