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図書館の幽霊
昔、英国から開国を結ぶ日本のある地に、偵察を兼ねて日本政府の目をかいくぐり、時が止まったある村にたどり着いた英国政府の裏組織「N06」一人が、名もなき村で何も知らない村人らに斬殺されたことがあるらしい。
そして組織の人間を殺した村は速やかに排除され、今現在、Briskcygnet(ブレスクシグネット)学園という英国由来のバブリックスクールいわばお坊ちゃん学校が創立されていた。
その学園にある「N06」を供養したとされる建物を利用したこの伝統あり趣のある古い図書館では、罪なく斬殺された英国裏組織組員その人が、怨霊としてさまよっており、人を見つけては無差別に斬殺していると、噂があるらしいと。
中等部3年新級の春。4月の半ば。西川は化学教師で担任の三上(みかみ)に、雑用を押し付けられていた。
しかもその雑用が、噂をされていた趣のある図書館で本を数冊運ぶことだという。ほとんど誰も近づかず唯一管理を担当している国語教師の雲類鷲(うるわし)くらいが、その図書館を利用しているくらいだった。
そして西川は、今日明日研修でいない雲類鷲の雑用を頼まれたであろう三上に、たらい回しされた雑用を強制的にこなさないといけないという状況に陥っていた。
「はあ、なんで僕が…」
雪はそううなだれながら、重い足を引きずる歩きながら、例の図書館へと向かった。 図書館へ着くと、そこには趣ある。 というかあるありすぎる図書館が、そびえたっていた。
さすがにその図書館を目の前に臆した西川は、その図書館に入るのをためらった。
冷たい風が吹いて、その外観のせいなのか今にも幽霊が襲ってきそうで、怖気づく内心と心臓の音がとてもうるさく感じ、体が動かなかった。
今すぐ帰りたいと思いつつ、性格上の生真面目さが目立って働き、恐る恐る中へと入っていた。
「あれ? 中は意外ときれい…」
西川の目の前には、全く違う図書館が広がっていた。
所々補正の後はあるものの木漏れ日のような光が差し込み、本もちゃんと分類されていた。
そして何よりこの場所は、とても暖かく心地がよく、何よりその光と静けさが優しかった。
あまりの居心地の良さに、思わずぼーっとしていた西川は不意に我に返り、頼まれていた本を探した。
「この本の種類だとなかなか見つかりそうにないな」
図書館といっても図書室とは打って変わって、設備が古いのだ。
学園創立からずっと同じらしいので、当然といえば当然なのだがそれ以前に、学園創立からの本がずっと置かれているだけあって、本の種類がありすぎるというのがメリットでデメリットだろう。
探して数十分。いまだに見つからず、西川は正直心が折れかけていた。
本棚の無数さと本の種類の多さに、目が回りそうな勢いな西川は、このまま見つからない可能性も考えてしまった。
「全然見つからない。どうしよう」
その時、不意にどこかからか物が落ちるような音が鳴り響いた。
西川はあまりの心地よさに忘れていたが、ここは幽霊が出ると噂のされる図書館。
何が起きてもおかしくはないはずなのだ。
(どうしよう、どうしよう。本当に幽霊だったら…)
西川の顔は、どんどん青ざめていった。
するとまた、今度はドンという音が響く。
その次は何かを閉める音、次に足音。
鳴り響くいろんな音に、西川は青ざめるどころか、一周回って冷静になり再び二周目で顔は真っ青になった。
足はどんどん西川のほうへ近づいてくる。
西川はその場から動けずじっと目をつむって、その恐怖が立ち去るのをひたすら待った
「お前大丈夫か?」
すると不意に、頭の上から何やら心配するような声が降ってきた。
驚いてぱっと顔を上げると、そこには眉をひそめて心配そうな顔をした、どこからどう見ても日本ではない顔をした男が目の前にいた。
「大丈夫で当たっていたか?もしかして間違えたか…」
などと細々と小言を漏らしながら、じっと西川のほうを見ている。
「えっと、あの…」
思わず西川が声を上げると、その男は我に返るようにはっとした顔をすると、申し訳なさげに言葉を口にした。
「どうも顔が真っ青になっていたから、大丈夫かと思ってな。不快にさせたのならすまない」
と胸に手を当てて、軽く頭を下げた。
「え? えっと…。大丈夫なので、顔を上げてください」
目の前の光景に西川は、動揺しつつ目の前の光景をまじまじ伺う。
「そうか…。それならよかった」
安堵した顔をした堀の深い整った顔。少し伸び切った髪の毛に薄黄色い髪色に、長く透き通ったまつ毛、エメラルドのような瞳。
雪は思わずきれいだなと思った。
「どうかしたか?」
雪の顔をそっと覗くこの男は、いったい誰なのだろう。なぜこんなとこにいるのだろう。そんな情報で頭がいっぱいになりつつも、雪は「なんでもないです」と答えた。
「ところで、お前はここで何をしているんだ?」
と直球な質問が飛んでくる。それは確かにそうだ。普段はこんなところに人など来るはずがない。来るのはせいぜい国語教師の雲類鷲くらいであった。
「えっと…三上先生に頼まれて…」
そういうと、なぜか納得した顔をしていた。
「なるほどな…。お前が…」
とボソッとつぶやく。不思議そうな顔をした雪に対し「なんでもない」というと、一方方向へ歩き出した。
「三上の頼み事っていうのは、雲類鷲からの回し者だろう?それなら聞いてる…雲類鷲から頼まれてな、手伝ってあげてほしいと」
「あの、どこに…」
「雲類鷲から聞いた本はあと一冊、別の場所にある」
そう答え、淡々と歩きだしていく。雪もそのあとを追って歩いた。
「こんなとこあったんだ」
案内をしてくれた男が向かった場所は、図書館隅にある古い部屋だった。
「ここは古すぎて貸し出し不可の本があるんだ。雲類鷲が管理しているし、もともと人の寄り付かない場所だからな。誰も気づかないんだ」
と言いながら、ほこりがかった本棚を払いながら本を取り出す。
「これだろう?探しているのは」
『源氏の原点』と書かれたタイトル。間違いなく雪が探していた本であった。
「はい、そうです!…見つかった。ありがとうございます」
「どういたしまして」
とそういうと、優しい陽だまりを集めたような笑みを見せた。
「じゃあ、俺は用が済んだからな、帰る」
「あ、えっと…ありがとうございました」
そういう間にその男は、間もなく姿を消した。
雪を助けたかと思えば、すぐ姿を消した。そんな男を雪はかっこいいと思った。
「三上先生、この本どこに置けばいいですか?」
「あぁ、雲類鷲先生の机の上にでも置いておいてくれ」
図書館から戻った西川は三上にそういわれ、雲類鷲の机へとやってくる。
数冊ほどといっても、分厚い本ばかりで重さが連なる本に少し、三上に呆れを見せる。
すると、不意に一番上に積まれた本が目に入る。『源氏の原点』……。
さっきの外国人はいったい誰だったのだろうか……。謎が深まるばかりだった。
「名前聞けばよかったな……」
そんな言葉を漏らすと、三上はそれに反応した。
「誰かにでも、会ったのか?」
どうやら興味津々のようだ。なぜ、こういった雑務には積極的にならず、こういったところで、積極性を見せるのか……、不思議に思う。
「えっと、さっき図書館で、外国人?の人にあったので」
「外国人?……あぁ、高等部の留学生か」
意外にも、三上はその彼について知っていた。
「留学生……ですか?」
「そうそう、なんでもイギリスのお偉い貴族様みたいで、コネかなんかで留学してきたって話だけど……」
留学生といったら、確かに状況的なものは妥当ではある。しかしこの学校では留学生の受け入れをやっているという話はない。それどころか、ここはお坊ちゃん学校と行っても人里離れた山奥だ。こんなところに留学してもあまり学ぶことなんてないはず……。
「先生その人の名前ってなんだかわかりますか?」
「その留学生か?……なんだったか……。確か、エドワード……ウィリアムズだったか?そんな名前だったな……」
さっきの人エドワード・ウィリアムズっていうんだ……。次会った時、ちゃんとお礼を言わないとな。
そんなことを思いながら、しばし、西川の心は跳ねていた。
西川にとって、彼は少しばかり特別な存在になっていたのかもしれない。
しかしそう考えながらも、春が過ぎ、夏が流れ、秋が落ち、冬になるも一切会うことはなかった。
それはそうである。西川は中等生、そして、かのエドワード・ウィリアムズは、高等部の留学生だ。会うには難しいはずである。
雲類鷲に聞いては見るも、どうやら彼は既に、留学を終え、彼の祖国のイギリスへと帰国してしまったらしい。
西川には、それは報われなかった。
そして、報われないまま気が付くと、一年の月日が過ぎていた。
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