黄色い傘

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 実家の階段を1階から2階へと、蟹歩きのようにおぼつかなく移ろうのは、あの女が嫁入り道具として持ち込んだ、小豆(あずき)色をした和式の三面鏡だった。  女の背丈よりも少し高さのあるその三面鏡は、かなり値の張る品物だったらしく、鏡面は重厚で艶があり、洗面台に備え付けの安物の鏡などと比べると映り方がずいぶんと違って見えた。素人目にもそれが高級なものであるのは一目瞭然だった。  厚さ1センチほどのガラス板が敷かれた化粧台下の中央部分には、幅の広い引き出しがひとつと、両側にそれぞれ小さな引き出しがあり、その左右の引き出しの下には開き戸型の収納があった。それらを際立たせる、燻し金の取っ手の細工のみならず、小豆色の表面に施された彫刻もまた手が込んでいて、鏡面の質とよく調和していた。  が、残念なことに、化粧台のガラス板には、稲妻のようなひび割れがひとつあった。ある日、女が化粧水の瓶を置いた拍子にできたものらしいが、特別乱暴に置いたわけでもなく、普段通りに置いただけなのに、スパンとひびが入ってしまったのだという。  因果のほどは不明だが、その翌日、女の父親が世を去った。父親というのは、赴任する先々で女を拵えるような、相当やんちゃな警察官だったらしい。  女に鏡台を買い与えた母親(――つまり、警察官の妻)は、幼少期の娘を、不倫相手の「青姦」の現場に引っ張り出すような、自分本位の、まさに「女」だった。  ひび割れに沿って貼り付けられたセロテープは、今もなおそのままで、所々はげかかって、茶色く焼けていた。
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