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「お待たせ。できたよ」
食卓に並んだオムライスは少し不格好だったけれど、私にとってはどんなオムライスよりも美しく、愛おしいオムライスだった。
ありがとう――
「いい匂い。お父さんとふたりだと、なかなか作らないから久しぶり。ありがとね」
「あ、お父さん、出かけてるんだ。珍しいね」
「明日のアジサイ祭りの準備でね」
「そっか、今年はうち、自治会の当番なんだ」
「うん」
時計を見ると6時半を過ぎていた。
「きっともうすぐ帰ってくるでしょう」
チリチリチリチリ。
もう料理はとっくにできあがったはずなのに、またそんな音が聞こえてきた。
あ、もしかして――
「雨?」
長いまつげの下にある、黒い瞳に問うともなく問いかける。
「うん? 降ってきた?」
夏美がちょこんと背伸びをして、シンク上の窓のレースカーテンを指でつまんで外を見ている。
「降ってきたみたい」
振り向く夏美の頭の上が、ほんの一瞬、黄色く色づいた。
オムライスの残像が、まぶたの裏側にでも残っていたのだろうか――
「あ、お母さん、洗濯物は?」
「……うん、大丈夫、もう取り込んである」
そういえば、あの日、夏美に届けようと思った傘は、黄色い傘だった。小さな赤い水玉模様のある、かわいらしい傘だった。〈了〉
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