黄色い傘

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 私はいったい、どこからこの景色を眺めているのだろう―――  つっかえつっかえ、ナメクジのようにじっとりとした歩みで、上へ上へとわずかずつ移動してゆく三面鏡は、70近い老夫婦の腕によってかろうじて支えられている。一段、また一段と、水虫を隠した紺色の靴下と牡丹色にコーティングされた爪を透かしたストッキングの足とが着地するたびに床板がきゅきゅっと軋み、年齢に不釣り合いのウェーブがかった茶色い髪の束が、これまた牡丹色のニットセーターの背中で左右に動いた。すっかり脂肪に隠れてその存在はおもてからはわからないが、妻は背骨のあたりまである長い髪を珍しくひとつに束ねていた。  まるで、監視カメラ越しに、ふたりの挙動と鏡台の行く末をしれっと眺めているみたいな不思議な感覚だった……。 「ちょっと待った! 上が!」  階段を半分ほどあがったところで、突然、夫が待ったをかけた。  酒焼けした浅黒い(ひたい)にうっすらと汗を浮かべている夫は、2階に背を向ける体勢で階段をバックしているところだったが、どうやら半ばあたりにだらりと垂れ下がっている照明の笠に鏡台の上部があたりそうだったために、慌てて妻の動きを止めたようだ。 「参ったな。先にあれを何とかしないといけなかった」  夫は自らの段取りの悪さを反省しつつ、オレンジ色の古びた傘に渋い顔を向ける。頭皮をうっすらと透かしている白髪が、上り口の窓に張られた磨りガラスから差し込む西日に当たって透明な釣り糸のように頼りなく見えた。  気のせいだろうか、グレーのトレーナーの背中は、ウォーキングに出かけるときに見かけた背中よりもくたびれて見えた。 「そんなこと言ったって、ここまで運んでおいて、また下ろすっていうの?」  妻は濃い化粧の顔に深い皺を寄せて夫の顔をぎゅっとにらみ、元々の二重顎をさらに三重顎にして金切り声をあげた。 「そんな二度手間、まったく冗談じゃないわ! 腰がやられちゃうわよ!」  猫の前脚のような形をした鏡台の脚を支える妻の腕はわなわなと震えている。外見は一貫して年齢と不釣り合いだが、発言は時として年齢と釣り合うことがあるその人を前に、どうして業者に頼まなかったのだろうかと思うと、老女の震える指先に光るネイルアートの凹凸が妙にしみったれて見えた。
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