第十話 現場検証にて

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第十話 現場検証にて

 エリオット神父の疑問に、ターナー警部は現場検証を思い出した。アメリア夫人が倒れ込んでいた場所は、床だった。  部屋に入ると、夫人の遺体は上半身が見える位置にあったのを思い出す。  ベッドには薬を飲むために常備しているコップが半分水が入った状態で、サイドテーブルに置いてあり、床はまだじんわりと濡れている。  発作を起こしている人間が使ったにしては、あまりにも綺麗に整頓されている。  アメリア夫人は、几帳面な人だったと聞いたが、片方のカーテンは不自然に開かれたままだった。結果、ジェイコブの証言から、そこには犯人らしき人間が立っていたと言う事が分かったのだが……。  バルコニーの足跡は雨に流されてしまって、見つける事はできなかったが、犯人は邸の人間に見つからないように窓から入ってきたか、人の気配がして、窓から逃げたかのどちらと言うことになる。 「カーテンの片方は閉められず不自然に開いているのに、グラスは綺麗にサイドテーブルに置かれていた。それに、あのグラスの匂いを嗅いだ時に、わずかだがすずらんの香りがしたのが引っ掛かったんだ、エリオット神父」 「すずらん……ですか? 確かすずらんには……」 「君なら例のカトリックの秘密組織に所属しているから、知ってるかもしれないがね。小さくて可愛らしい花だが、毒性は強い」  ターナー警部の祖母が、すずらんを育てていた。可愛らしい花の印象とは異なり、根や花に強力な毒性がある。すずらんを飾る花瓶の水を飲んだだけで、一時間以内に発作が起こり、最悪の場合は死に至るので、食卓に飾ることを固く禁じていた。  それは、子供が誤飲してしまう可能性があるからだ。  ターナー警部の嗅覚の鋭さに、エリオット神父は目を見開いた。 「ということは……警部。アメリア夫人の発作が起こった時、誤ってすずらんの毒の染み込んだ水を飲んでしまったんですか?」 「まぁ、これも解剖結果を待たねば、死因の因果関係ははっきりわからんがね。ただ、すずらんの有毒物質は、心臓発作を誘発させる」  その言葉に、エリオット神父は考え込むようにして顎を撫でた。一時間以内に心臓発作を誘発させる有毒物質。 「そうなると、就寝一時間前に団らん室に居たという全員が、毒を盛った可能性もありますね……。しかし、水はベットに常備されていると聞きました。その水が有毒物質の入ったものだったのかも」 「アメリア夫人に死んでもらいたいなら、単純な病死でいいはずだ。犯人があの場にいたのは、おそらく確実にアメリア夫人が死んでいるという確認だ。そして、犯人と結びつけるような証拠を隠蔽するつもりが、思わぬアクシデントが起きたんだろう」 「心臓の病にかかっているなら、同じ症状の出る毒性の植物でも疑われないと思ったのか。アクシデントは、ジェイコブが入ってきたことですね。しかし、あのときはアメリア夫人の遺体を発見していませんが」 「ベッドの脇で虫の息だったかもしれませんなぁ……。ともかく犯人はすずらんの毒にも不安があって、確実に死んでいなければ困る人物だ」 「遺言書に関係ありそうですね」  あるいは、ジェイコブが逃げ出した後に止めをさした犯人がアメリア夫人を寝かせた。  ターナー警部の『刑事の感』はよく当たる。わずかなすずらんの香りは、これが病死ではなく、他殺だという疑惑を持たせた。  毒水は床にぶちまけられたが、慌ててそのままコップに水を入れたのだろう。  犯人の中では、病死として印象づけたかったのかもしれないが。
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