Phase 01 胎動

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Phase 01 胎動

 2001年1月1日。  「ミレニアム」という言葉が流行っていた2000年も無事に終わり、20世紀から21世紀への一歩を踏み出した瞬間だった。  しかし、小説家にそんなことは関係ない。  「『パンドラの匣』の脱稿は20世紀中に行いたかったなぁ。21世紀じゃ意味がないんだよ。」  「別に世紀を(また)いだっていいじゃないですか。どうせあなたの小説は売れないんですから。」  「それって、私のことを(けな)しています?」  「いや、別に。」  「とりあえず、乃愛ちゃんには事件の結末を考えてもらいたいから。そこんとこよろしくお願いしますっ。」  「なんで私が考えなきゃいけないんですかー!」  テレビ画面には21世紀への第一歩を踏み出した民衆が映し出されている。  私だってこの中に混ざりたいぐらいだ。けれども、この小説を書き終わるまでは私は芦屋(あしや)の別荘に立て()もりだ。  芦屋というのは谷崎潤一郎(たにざきじゅんいちろう)という文豪に愛された街である。しかし私は売れない小説家。たまたま住んでいる場所が西宮(にしのみや)だったから隣町にあたる芦屋に仕事部屋を買っただけの話であり、文豪ではない。  私の名前は阿室麗子(あむろれいこ)。売れない推理小説家だ。  一応これでもファウスト賞というミステリー小説の新人賞を受賞した経験がある。しかし『血染めのシャツ』がヒットしたぐらいで世間の評価では所謂一発屋の小説家である。  そして、私の隣でコンソメ味のポテトチップスを食べながらテレビを見ている女性はアシスタントである来唐乃愛(らいとうのあ)だ。大学時代に2人だけのサークルである「文芸サークル」を作って、彼女とはそれ以来の仲である。  それからというもの、大学時代に2人で合作した同人小説『血染めのシャツ』を軽い冗談で溝淡社の新人賞に応募したらうっかり大賞を獲ってしまった。しかも、当時では最年少での受賞だったので世間もざわつく事になった。  しかし、そんな栄光も長くは続かない。  その後に出した『盲腸の馬鹿』は駄作として評価される事になった。3作目に当たる『今日の夢』は見向きもされない。現実を見た私は、正直筆を折ろうと思った。  そして、起死回生を願うように『パンドラの匣』を書き上げ始めたのが2000年の10月。小説家生命を賭けた超大作だ。  内容はというと「爆弾魔が箱型爆弾を神戸各地にばら撒いてテロを実行する。それを売れない小説家と刑事がバディを組んで事件を解決する」という内容だ。  売れない小説家というのは言うまでもなく私がモデルだ。そして刑事のモデルはアシスタントの乃愛ちゃんだ。  もしも『パンドラの匣』がヒットしなければ、私は筆を折り、普通のOLとして生きていくことになるだろう。その覚悟は出来ていた。
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