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慈雨――哥哥
お前は、ある日突然するりと俺たちの前から消え失せてしまった。獰猛な肉食獣の口に呑まれて――。
それは、飲酒運転の暴走車。車道側を歩いていたお前は、ひとたまりもなかった。
どうして、あの時飛び出してお前をかばってやれなかったのだろう。どうして、そもそも車道側を歩かなかったのだろう。どうして、よりによってあの日だけ、お前に車道側を歩かせてしまったのだろう――。
見えて、いるのだろうか。俺の、湖のほとりに腰を下ろしてお前を探している姿が。数えきれないほどの満天の星空を見上げて、お前を探していることを。
ぽつり、と頬にしずくが落ちた。けれどそれは温かく――まるで、お前のようなしずくだった。天の星々がにじみ、霧のような雲が流れてくる。
しとしとと優しい霧雨の音に、お前の温かな体温がよみがえる。それは、天のお前に抱きしめられているようでさえあって。そして、胸にたまったよどんだものが洗い流されていくようだった。
今、頬を流れているのは雨だけだろうか。それとも、別の何かが混じっているのだろうか。――雨、だ。雨に決まっている。
弟弟、心配いらないよ。俺は、もう泣かないから。
だから、もう楽になって。
霧雨のヴェールの奥、雲の切れ間。一筋の光が空を走って消えたのを俺ははっきりと見た。雨はいつの間にかやみ、無数の星が瞬いている。ふっと北の方に目を向けると、明るさは六等星くらいしかないのに、一つだけ妙に明るく、優しい光を放ちながら輝いている星を見つけた。
まるで、弟弟のように……。
fin.
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