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私は今、完全にイレギュラーを受け入れられずにいる。
「戸内さん、うん。名前通り強いひとなんだね」
「そんなことない。強い人っていうのは……ある意味明くん……はいやなんだっけ」
「うん、イヤ」
「……アキラみたいなことができる人を言うんだよ」
「そうかなあ」
「本当にそう思う」
目の前の子は、伏せた目をそのまま、クリームソーダに向けている。しゅわしゅわ、パチパチ。
溢れそうな、炭酸に。
「うん、私の同級生じゃなくてよかったと思ってる」
「何それ」
トーチさんおもしろいね、と笑った瞬間、視線はまっすぐ上へ。私と、目が合う。
きゅ、と心を鷲づかみにされたような気がしているのは、きっと私が仕事人間だからだ。ときいてなんか、いない。
「トーチさんほんと、おもしろい」
「それは何より」
この子は、小松明。つい先日知り合った大学生。トーチさん、こと私は戸内灯。しがないただのOLで、今年十年の節目に係長まで上がった、いわゆる女性管理職である。役職はほぼタテマエで、普通に、これまでと変わりなく営業周りを続けている。押しつけられる仕事の質も下がった。そういう、適当な扱いにも苛立っていたのだろう。
この子と出会ったのは、そんな仕事の帰り道だった。
「やっぱりトーチさんと話すの、楽しい」
「そう? 仕事の愚痴しか言ってないと思うんだけど」
「そういうオトナな話が聞きたい年頃ってこと」
「なにそれ」
「ある意味運命でしょ、おれとトーチさんは」
運命、なんてしょうもない単語でくくられたくはない。けれど、そういうものがあるとしたら、神様はとても適当だ。
勝手に好意的にみていた他人であるその子――アキラ――を、助けてしまった。本当に、あの日の私はどうかしていたのだ。
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