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二匹の蛇
深夜。黒姫山陵墓の丘もまた林であった。しかしこれは阿鼻姫の造った竹林ではなく、この地方に昔から生えているコウヤマキという樹木だ。マサルと無扇坊はこの幹に身体を忍ばせて、アビーの来るのを待ち構えているのだった。
マサルがスマホの画面を灯すと、時刻は二時になろうとしていた。
「そろそろですかね」
ミチコからショートメールが来たのが十二時半を回っていたから、そろそろあらわれる頃だ。
「うむ。身体がジリジリと疼いてきよったわ。油断するな、すぐそこまで来とるぞ」
「どこからくるのかわかりますか」
すると無扇坊はある場所を指差して、
「見てるがいいさ」
と言ったのに、マサルはじっと無扇坊の顔を見たままだ。
「ん?どうかしたか」
「その額のお椀みたいなやつ、なんでそんなものを付けてるんです?」
無扇坊が額につけているのは、山伏がつけるものと同じ、頭襟(ときん)である。マサルは山伏姿の無扇坊を初めて見たのだ。
「相手の鬼道に惑わされないために付けてるの!さあそんな話をしてる間に、始まったぞ!」
マサルがあわてて指先に目を向けると、すでにそこの風景だけが歪んでいた。ここの闇夜にほんの少し色の違う、今際の闇夜が溶けて混じりあった。
やがて、ざわざわと笹の葉の擦れる音が聞こえてきた。そしてあらわれたのは、十数人の裸の男女であった。
彼らは陵墓の大地に足を踏み入れると、左右に広がってずんずん進んでいった。
そのあとにあらわれたのが、
「あれだ、占い師、アビーです。あれ?違うかも」
ゆらり纏った着物のせいで、はっきりとは見えないのだが、あれがアビーならダイエットでもしたのかも知れないぞ、とマサルは思った。
超デブ体型だったはずなのに、黒い着物姿でオーラを放つその女の体型は、普通の中年太りのそれであった。
「間違いない、あの女の中に霊狐はおる!」と無扇坊が断言した。
アビーは操り人間に囲まれるように中央を歩いてくる。その後ろにはミチコが見えた。
「三十万が揃うのに、あとどのくらいじゃ」
アビーは顔も向けずにミチコに聞いた。
「は、あと二時間あれば」
「夜明けには間に合うな。計画どおりじゃ」
アビーはそう言うと、操り人間がどんどんやってきては、遠くに歩いていくのを満足そうに眺めた。
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