3人が本棚に入れています
本棚に追加
秦荷坨
女児は女の声を無視して、小石拾いに熱中しているようだ。
「さ、阿鼻さま。お父上の大事なお客さまですよ。粗相があったらこのアワまで怒られてしまいますからね、どうぞお部屋にお戻りください」
「うーん、もうちょっと待ってね」
女児は小さな小石をもうひとつ摘まんで、左の掌に載せると、それでようやく腰を上げた。女は素早くその手を取って、屋敷に連れ戻していく。
そこまで見てから、雄蛇はふたりの後を追った。
上がり段の手前にある太い柱をつたって板の間にあがると、長い渡り廊下に出た。左にも右にも部屋の戸が続いている。雄蛇は女児の足音のする方向に頭を向けた。
廊下の曲がり角まで進んだとき、小庭をはさんで向こう側の部屋からさきほどの、アワと呼ばれた女が出てきて、後ろ手にぴしゃりと戸を閉めた。
あの部屋に女児がいる、と雄蛇が再び這おうとしたそのとき、彼は自分の尾が持ち上げられたのを感じた。
逆さまに吊り上げられると、雄蛇の目の前に髭面の男の顔があった。男はふん!とうんざりした顔をして、腕に勢いをつけると、屋敷の外に向けて思い切り腕を振った。すると蛇は宙を飛んで、庭の隅に放り捨てられた。蛇は落ちた姿のまま動かないでいたが、まぶたのないその目はじっと屋敷を見ている。
「お、蛇か」少年が男に声をかけたのが聞こえた。
「死んでおりましたゆえ、捨てました」
「そうかなあ。動いていたように見えたが」
少年は足を止めて、廊下の縁から蛇をじっと見ている。
「生きてたらもっと面倒なことになってましたぞ。なにしろ荷坨さまはいたずら好きじゃ。丹比家の大事な姫に何をするやら」
「お前は大人の癖に何も知らん。おなごは蛇に身体を這われるのが好きなのじゃ」
「シッ!この家の姫さまに、いたずらはなりませんぞ。顔を見るだけ、声を聞くだけですからな」
「ふん。父はそんなに丹比が大事か」
「このあたりの有力者です。御屋形さまのお考え次第では、荷坨さまの許嫁になられましょう」
「ふん。それでは顔を見んとのう。つまらぬおなごは嫌じゃ」
少年とお付きの男は庭に背を向けて、女児のいる部屋に向かって歩きだした。
最初のコメントを投稿しよう!