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「荷坨さまー!」「姫~!」
子どもたちを呼ぶ声がして、やがて勢いよく戸を引いて部屋に飛び込んできたのは、血相を変えた丹比家と秦家の家来たちであった。
彼らは跳び跳ねる霊狐を前に、驚いて後退りしたり、腰を抜かして尻餅をついたり、呆然と立ち尽くしたりと、全く子どもたちには役立たずであった。しかしそれほどに霊狐は大きく、不気味なのだ。
そんな家来たちの後についてやってきたのは、気性の激しそうな年輩の男たちだ。彼らのひとりは霊狐をみるやいなや、剣を向けて身構えた。別の男はふたりの子どもの元に走り、その盾となって剣を持って待ち受けた。
「おのれバケモノめ!」
ひとりの男が霊狐の尻に剣を突き刺すと、別のひとりが剣を首に突き入れた。他にふたりが剣で霊狐の足を叩いた。
最初に剣を抜いた男がトドメとばかりに剣を振る。それは霊狐の尾の付け根を深くえぐり、尾っぽ全体を切り取ることとなった。
霊狐は最後の力でおもてに飛び出した。尾がないためか、バランスを崩して横に倒れたが、すぐに立て直して敷地から逃げていった。
「父上!」
「荷坨、大事ないか?」
父と呼ばれた男が荷坨に駆け寄って、その身体のあちこちを確かめた。それから後方の男に、
「今のは?」
「荷坨さまに取り憑いていた霊狐かと存じまする」
「そんなことが本当に起きたというのか?今のが我が一族に長年取り憑いておった霊狐だとすれば、いったいここで何が」
「そこに」と男は床に落ちている霊狐の尾に剣先を向けた。
尾の中には、息も絶え絶えな蛇がいた。
「蛇が見えますか。こやつが霊狐に噛み付いたのです。それで奴は姿が丸見えでしたし、毒でも回ったんでしょうな、動きが鈍かった」
「その蛇のお陰か。荷坨、あの蛇は?」
「吾は知りませぬ」
荷坨の父は丹比氏に抱かれている阿鼻に顔を向けた。
「姫はご存じですかな」
阿鼻は黙って首を振った。
「堅海殿、霊狐がご一族に取り憑いていたとか、いったい何の話ですか」
阿鼻を抱いている男が尋ねた。
「いや何、近頃荷坨に悪い虫がついてな。どこかで除霊してもらおうと考えておったのじゃ」
雄蛇はそんな人間の声を聞きながら、今まさに命を落とそうとしていた。最後の力を振り絞って頭をあげると、荷坨の情けない顔が見えた。それから阿鼻の顔を見た。どこかで見た顔だ、蛇は何かを思い出そうとしたけれど、小さな命はそこで止まった。
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