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2022年5月2日
『朝霧景さんですか?朝霧正一郎さんの娘、由良さんを引き取ってほしいのですが』
まさか児童相談施設の職員から10年前に失踪した兄の名前を聞くことになるとは思わなかった。
僕は思わず、受話器を取り落としそうになる。
固い声にならないように受話器越しで事情を問うと、どうやら僕の兄が、自身の娘を虐待していることが発覚したらしい。
残された正一郎の娘・由良を児童保護施設に入れる前に、血縁者へ連絡を取っているという次第だそうだ。
「あの人、〇〇さんに家族なんだって」なんていう世論を引き受けたりだとか、借金の肩代わりをさせられたりだとか。
日本において、「血の繋がり」という縁は、人生を左右するほどの効力を持つ。
公民の授業で聞いた話をぼんやりと思い出しながら、僕は、汗ばんだ手で受話器を握り直した。
どこまでも粗暴で、けれど何故か人を惹き付ける魅力を放つ、僕が大嫌いな人。
実行にこそ移していないが、何度彼を殺そうと願ったことか。あの兄の、娘……。
「はい。責任を持って引き取ります」
僕は自らの意志と関係なく、いつの間にか言葉を零していた。
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