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2.事件
「ねえ、今朝起こった事件、知ってる?」
「もちろん。あれってさ……」
路線バスを降り、学校に着くまでの僅かな時間、夏月の耳にはひっきりなしにその話題が聞こえていた。前を行く他クラスの女子たちも、後ろをついてくる下級生たちも、一様に傘を寄せ合い、ひそひそと同様の会話をする。
雨は、人声を掻き消さない程度にパラパラと落ちてくる。夏月は足を速め、女子生徒の群れからわざと離れた。話好きの女子たち特有の、好奇心を含んだ声色が、ただでさえ気分の晴れない夏月の神経に障るのだ。
事の発端は、近隣を騒がせた早朝のサイレンだった。市営住宅に一人で住んでいた会社員の男性が、明け方にベランダから転落して亡くなったという。通報は一階の住人がしたと、誰とはなしに話しているのを聞いた。
それだけならよく耳にする事故だが、どうも事件の可能性があるらしい。男性の頸には、女性か子供と思われる手の跡がくっきり残っていたという。それも片手だ。しかも、その頸が不自然に骨折していたとなれば、世間の関心を集めるのはやむを得ない。
停留所でバスを待つ間、たまたま近くに居合わせた通勤客が、その手に殺られたのだろうと話していたのを聞いた。
「呪い、かもね」
誰かがそう呟く。呪いなんて馬鹿げていると、夏月はさらに歩みを速める。
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