あの日の兄

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阪神・淡路大震災が発生したのは、私が小学二年生の時である。 明け方、喉が乾いたので冷蔵庫の麦茶を飲もうと立ち上がった瞬間、家全体が大きく揺れて、私は布団の上に転がった。 年の離れた中学生の兄が 「大丈夫だからな。千恵は、お兄ちゃんが守ってやる」 と言って覆い被さってくれたけど、私は地震の揺れよりも体重九十キロ越えの柔道部部員の兄が覆い被さっている方が怖くて泣いてしまった。 地震が怖くて泣いていると勘違いした兄は 「お兄ちゃんがついてるぞ、千恵」 そう言って、力を強めてきたので、私はこのままプレスされてしまうのだと思ってギャン泣きした。 揺れがおさまり兄の体が離れ、みんなで避難所に行き、着いたところで兄は両親にガチで怒られた。 その為、兄は私を守ったにもかかわらず 「あの少年は小さい女の子を差し置いて自分だけ逃げようとしたのだろうか」 同じ避難所の人にそう言いたげな白い目で見られていて、兄には本当に申し訳ないと思った。 だけど両親も私達兄妹も飼っていたウサギのピョンちゃんも助かって心底ホッとした。 大人になり、私は仕事先で知り合った男性と婚約をした。 「千恵さんは僕が必ず幸せにします」 という彼に、父は 「君に任せたぞ」 と言い、兄は 「力の限り千恵を守ってくれ」 と言った。 すると、母とこの話を知っている兄嫁さんに 「プレスしそうなほど力を出したら駄目よ」 と言われてしょんぼりとしていた。 因みに、彼は怪我で引退するまで将来有望の天才柔道家として名を馳せており、今もがっしりとした逞しい体型をしている。 あの日の兄が、私の男性の好みを形成したのかも知れない。
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