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<1・逃走。>
アレの正体は、一体何なのだろう。
何故自分を追いかけてくるのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
球磨美郷は、ひたすら校舎の中を走り続けていた。走るたび、きゅっきゅっきゅっきゅ、とくたびれた上履きが廊下をこする音がする。もう、自分がどちらに向かって走っているのかもよくわかっていない。逃げなければいけない、その一心で足を動かし続けているもののそろそろ限界も近くなっている。
息が苦しい。肺をじりじりと焼かれているよう。
今すぐこの場に寝転んで休んでしまいたいほどだ。だが、立ち止まるわけにはいかない。どれほど逃げても追ってくる“アレ”がいる以上は。捕まったら、酷い目に遭わされるとわかっている以上は。
『ねえ、知ってる?この小学校ってさ、大昔にやっばい怨霊を封印した場所だったんだってー!』
塾の友達から聞いた話。なんともありがちだな、と鼻で笑ったものである。学校があった場所が昔は墓地で、だから祟りがあって――なんてのはよくある話だ。昔墓地があったから、土地代が安くて学校が建つなんてケースは珍しくもなんともないからだ。小学生女子ってなんでこう怪談噺が好きなのかねー、なんて冗談交じりにわらっていた。自分のことは、すっかり棚に上げて。
本当は、ちょっとだけ興味があったのである。自分が通っているこのありきたりな小学校が、特別な場所だったらどれほど面白いだろう、と。
選ばれた人間しか通えない学校です、とか。
実は異世界へ繋がるゲートがあるんです、とか。
ものすごい忌み地で、やばい妖怪がどんどん集まってきちゃうんです、とか。
恐ろしい悪霊を封印した上に、学校を建てちゃったんです――とか。
学校に来て、つまらない授業を受けて、友達とちょっとしゃべったり遊んだりするだけの退屈な日々に、ちょっぴり刺激を齎してくれるかもしれないなんて。そう思うのは、別に悪いことでもなんでもないではないか。
そう、自分は何も罪を犯したわけではない。ただ失敗しただけだ――相手がまさかここまで厄介なものなんて、そもそも実在するなんて思ってもいなかったものだから。
――アレは、一体何なの?
忘れ物を取りに来た、元々用事はそれだけだったのである。
それでふと、友達の話を思い出しただけだ。そのやばい怨霊に出逢う方法が、実は学校の七不思議のひとつに紛れているという話を。
だから、言われた通りのことを試した。
ちょっとだけ面白いことが起きればいいな、なんて。ほんの少し、期待していただけだったのである。まさか、あんなとんでもないものを引っ張り出してしまうなんてどうして想像できただろうか。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
まだ、追いかけてきている。美郷のきゅるきゅるという上履きの音に混じって、確かに聞こえてくるのだ。明らかに、人間の足音とは思えないそれが。ずる、ずる、ずる、と重たいものを引きずるような音が。
月明かりの中で一瞬だけ見たその姿が、瞼の裏に焼き付いて離れない。いつも通っている学校に、あんな恐ろしいものが潜んでいるなんて。
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