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私はビーチサンダル4
雨粒の一つ一つは、せき止められた涙のように大きいけれど、雲が落とすそれは数自体は少なくて、パラパラとした小雨程度のものだった。
じゃあ、晴れるに違いない、と思うと、この雨すらも悲劇のヒロイン気取りだった私の心を酔わせ、とても素敵なものへと演出してくれる大切な小道具の一部となった。
波は静かで、太陽はもう水平線から半分ほど姿を現していた。
明るいな、と思う。
ここは明るくていいな、と思う。
夜空をほんのり優しく包む月の灯りも良いし、星だって好きだけれど。
それでも一晩中それを見つめていたら、私は泣いてしまったに違いない。
そのまま、脚を波の一番手前、薄っぺらい泡立ちの中へと進める。
冷たくて気持ちが良かったので、気を良くした私はもう一歩逆の脚もその先へと水を弾いて埋める。
そうやって、同じことを繰り返して、ふくらはぎまで浸かった頃から、頭がぼんやりとして来た。
気が付けば、空からの恵みである水滴により頭から肩から背中から、上半身も濡れ、自分の行っている行為によってつま先から太ももの部分までも濡れ、びっしょりと体に張り付いたキャミワンピースの重さだけが鮮明に記憶に残った。
それでも私はビーチサンダル。
流されて忘れられるビーチサンダル。
帰りは同じサイズの物がどこでも気軽に手に入るビーチサンダルだ。
海の中は苦しいのだろうか。
水で死ぬと体がぶくぶくに膨らんで気持ちの悪い死体になると何かの本で読んだことがあった。
出来れば魚の餌になり、肉片などヒトカケラも残らないで欲しい。
残るのは、このピンクのビーチサンダルだけで良いのだから。
かみさま、いるのならば、どうかこの後に見つかることがあるのなら、この、ピンクのビーチサンダルだけにして下さい。
私の体が肩まで海の一部となり、つま先立ちでなんとか沖へと向かって犬かきのように浮いてしまうお尻とキャミワンピースの一部を腕で掴んで太ももの裏へと押し付けている頃、すっかり太陽はまあるくなっていた。
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