最期のラブレター

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最期のラブレター

 前略  あなたが交通事故で突然この世を去ってもう1年が経過しました。  そちらの生活には慣れましたか?  私は相変わらず毎日会社に通勤しています。  最近の変化と言えば、同期の友達の結婚でしょうか?先月末で寿退社をした彼女の式に明日参加する予定です。  本当なら去年の私も今頃彼女と同じように式をあげていたことでしょう。真っ白のウェディングドレスにたくさんのお祝いに感動のスピーチ。  あなたがいなくなってしまった今となってはもう何もかも叶わない話ですが…。  澪はそこまで書いて動かしていたガラスペンを止めた。  バイクが好きだった婚約者が突然この世を去って今日で1年になる。  婚約者は、同じ高校の同級生で高校生の頃から5年間片想いをしていてやっと恋が叶ったのが情報系の専門学校を卒業して社会人になった次の日の4月2日。そこからは、毎日が充実していた。会うと必ず美味しい物を食べに行って県内に旅行に行ったり隣県の水族館に行ったり。  周りの友達から見ても自分達はラブラブだったと思う。  そして、23歳の時に彼からプロポーズされて籍を入れて結婚式を挙げようと思っていたのが1年前の6月の話だった。  いつものように会社で夜遅くまで顧客の対応をしていた澪に突然かかってきた外線は、知らない男性の声で婚約者が息を引き取ったといった趣旨の内容を淡々と語っているだけのものだった。あの時の声を澪は今でも覚えている。人が1人亡くなったというのに事故があったことを簡単に伝えて病院に来て欲しい、と告げたあの声を今でもはっきりと覚えている。  澪が婚約者の詳しい最期を知ったのは、線香や小さな花束が飾られた冷たい霊安室でだった。  婚約者が乗ったバイクは信号無視をした飲酒運転の車と衝突して彼は冷たいコンクリートへと投げ出されたこと。打ちどころが悪くて即死だったこと。飲酒運転をしたドライバーも命に別状はないけど重傷の怪我を追って同じ病院に入院中だということ。  そして、飲酒運転をしたドライバーにも自分と同じように婚約者の彼女がいたこと。  事故後、飲酒運転をしたドライバーは捕まり婚約者の彼女とは別れたそうだけど婚約者だった澪の元にも婚約者の両親の元にも先に結婚した姉夫婦の元にも謝罪に来ることは一度もなかった。  激務で結婚したら退職してどこかで事務のパートをしようと思っていた会社も婚約者の死によってこれまで通り働くことになった。  一緒に住む予定だったアパートもずっと憧れていた式場も楽しみにしていたウェディングドレスも全てなしになった。もちろん、婚姻届も。全て消えた。  澪の時間は、あの時のままで止まっている。  でも、澪の周りは澪を置いてどんどん先に進んでいった。  日々勝手に更新される芸能人の結婚報告。流行りのファッション。今期の視聴率No. 1のドラマ。スポーツ選手の新記録。住んでいる市の市長。  最初は、気にかけてくれていた友達だってこの1年の間に結婚した人もいるし式を挙げた人もいるし子供ができた人もいる。  世界は澪を待ってくれない。澪を中心には周っていない。  つまり、なんだかんだ言ってみんな他人なのだ。悲劇のヒロインにはなれてもシンデレラにはなれない。  婚約者の両親も姉夫婦とも必要以上に連絡はとらなくなっていたし、実家の両親も前ほど澪のことを気にしてくれなくなった。人間なんてそんなもんだろう。  澪が1人暮らしのアパートの一室でどれだけ泣いても喚いても抱きしめてくれる人はもういない。婚約者だった彼以上の人なんてこの世界には1人もいない。  澪は、ガラスペンをもう一度握った。  婚約者が澪の誕生日にプレゼントしてくれた綺麗な青色のガラスペンと綺麗な青色のインク。 「この色が1番澪っぽいよ」  そう言って恥ずかしそうに笑みを浮かべた婚約者の顔を思い出しながら澪は最期のラブレターにこう記した。 『私も今からあなたのそばに行きます。今度こそ一緒になろうね。 澪』  梅雨の雨が鳴り止まないその日の夜、アパートの前のコンクリートが赤く染まった。  冷たい雨に打たれる冷たい体には赤く染まりかけている真っ白なフレアワンピースが着せられていて指にはキラキラと輝くダイヤモンドの指輪がついていた。  そして、彼女がいなくなった暗い部屋には思い出の青色のガラスペンと婚約者に向けて最期のラブレターが書かれた水色の便箋だけが残されていた。
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