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1. hello 神在島
高く澄んだ青空に、太陽が白く輝く昼下がり。神在島唯一の港は、本島からの定期船で賑やかだ。
運搬ロボットが船から大量の荷物を運び出す。その横で、ほぼ二極化した乗客がタラップを下りる。まず出てきたのは、定期船を生活の一部とする人々。預け荷物を回収し、一目散にゲートを目指す。もう一方は──
「着いたー! すげー!」
「キャー! メタバースと同じ景色!」
「ゲームより超快適だったね!」
人目も憚らず騒ぐ観光客だ。誰も彼もが大はしゃぎで、賑々しいというより喧しい。
どちらにも属さない後藤 那々は、誰よりも遅く船を出た。
ダボついた服、筋肉も脂肪も最低限量の身体。昨日、一年半振りに美容室で整えられたショートボブの髪は、既にぼさぼさだ。その下の顔を、サイバーサングラス型ウェアラブル端末「グラスアイ」で半分近く覆い、右耳にワイヤレスイヤホン、左腕にスマートウォッチ、両手に端末操作用手袋──見るからに「メタバース人」の那々だが、歩くその姿は、幽鬼と呼ぶのに相応しい。
「着いた……死ぬかと思った」
飛行機も船も、あんなに揺れるって聞いてない。誰だ、移動は贅沢だと言った奴。あんなのただの罰だ。本当に気持ち悪い、どうしよう──両足を引きずるようにゲートを出た那々の口は、怨嗟の独白を延々と吐き続ける。
それを断ち切ったのは、彼女のイヤホンから唐突に聞こえた声だった。
『普段に比べ、心拍数上昇、血圧低下、あくびの回数増加。那々の症状は乗り物酔いに該当する。酔い止め薬は飛行機搭乗前に服用済みで、現時点での追加服用は勧められない。結論として、今は気分の悪さが収まるのを待つしかない。どこかに座ることを提案する』
性別も年齢も不詳な声が、滔々と語る。
ぐっと喉を鳴らし、那々はその場に立ち止まった。重量級のボストンバッグが、彼女の肩からドサリと地面に落ちる。
「そんなの言われるまでもないよ、フィフス」
『どうしようと聞いたのは那々だ』
地を這う那々の言葉は、フィフスと呼ばれた声の主――彼女が学習を担当する開発中人工知能には響かなかったらしい。
那々が、盛大に肺を空っぽにする。
「フィフス、次に私が呼ぶまで黙って」
『了解』
音声が途絶え、那々の肩から力が抜ける。耳が少し楽になった気が――したのも束の間、今度は船のエンジン音と潮騒の耳慣れないコンボが、彼女の聴覚を満たす。
那々は、眉間の皺が深くなるのを自覚した。騒音、熱感を伴う日光、海風、磯臭さ──那々にとって、都市の生活環境とかけ離れた神在島の自然は、全てがストレスだった。
「あー」
帰りたい──項垂れた那々の口から、そうこぼれそうになった時、
「あの、後藤様ですか?」
「ぎゃあ!」
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