『禁酒令』

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「こんな暑い日はビールが飲みたい」 夏の暑い日、30度を越える猛暑の中を商社に勤める会沢は外回りに走っていた。 漸く午前中の外回りが終わり一息つこうと蕎麦屋に入る。 のれんをくぐり 「おばちゃん、天ぷらそばといなり」 恰幅のいいおばちゃんが愛想よく 「あいよ」と返事をする。 続いて、麦酒を注文する。 しかしおばちゃんはちょっと怪訝そうな顔をしたあと 「麦酒って何?」 そう言うもんだから麦酒は麦酒だと反論するもおばちゃんは注文を聞き入れない。 周りの客もひそひそと話をしている。 「麦酒ってなんだろうね変なの」 自分よりずっと年下のサラリーマンにさえばかにされる始末。 麦酒という言葉が理解できないとは。 なんてばかな奴らだ。 最初は担がれてると思ったが、どうやら彼らは本気らしい。 仕方なくそばといなりを食ったあとに麦茶を飲むが、やはり物足りない。 コンビニか自販機くらいあるだろうと麦酒を売っている店などをあたったが麦酒はどこにも売ってない。 麦酒じゃなくてもこの際発泡酒でもいい。 しかし発泡酒もない。 どうなってるんだと頭を抱え込むが午後の外回りがまだ残っている。 外回りをなんとか終わらせたあとに彼は家に麦酒があることを思い出した。 家に帰り、冷蔵庫を開ける。 確かに数本あったはずの麦酒がない。 さすがにおかしい。 記憶が正しければ確かにあったはずで、飲む訳もないのだ。 そうだ。少し前、七夕の短冊に (今年こそ禁酒) そう書いたことを思い出した。 あわてて七夕の時に書いた短冊を探す。 押し入れにそれはあった。竹ごとあったので引っ張り出して自分の短冊を探す。 そこには確かに禁酒と書いてあるが、今年こそに縦に二本線が入っていて (生涯、禁酒)となっていた。 生涯という字は、明らかに妻の字だった。 どうやら俺は一生酒が飲めないらしい。 無理くり酒を飲もうとすると、 砂のような味に変わるのだ。 ビールだけではなく、日本酒も、 焼酎もワインも全部飲めない体に なってしまったらしい。 その日はビールが美味そうな暑い日だった。 外では蝉の鳴き声が絶え間なく聞こえている。
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