女王としての品格

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 僕はあかねという同級生と目の前の女性を重ねた。  口元のほくろ、胸元を強調させたワンピースに真っ黒なストッキングに左手の人差し指のマニキュアが微妙に剥がれかけている彼女は枚数は?と僕に聞いた。  「えっと…、3、3枚」  所謂援助交際というものだろうか、しかし目の前の女性は明らかに未成年には見えず、服装もバッグからなにまで高そうな身なりをしていた。風俗は省くとして、女性とお金で関係を結ぶことは初めてで、仕組みや相場はあまりわからなかった。財布の中には一応5万程入っており、多分2万くらいだと踏んだが彼女の煤けた態度と剥がれたマニキュアを右手でガリガリする姿にドギマギしてしまい、少し多めに提示してしまった。  値段を聞いてから彼女は小さく頷き、完全にマニキュアが剥げた人差し指を舐めた。  別に性欲を発散させたいわけではない、そんなつもりで彼女に声を掛けたわけではない。一目ぼれをしたわけではない、タイプだったわけではない。  そう言い訳じみた言葉を浮かべるが、ホテルに連れ歩く僕らの姿は傍から見れば完全にお客さんと嬢であった。よれよれのスーツを着た僕としっかりメイクし、ソラで覚えているのか無言でホテルの道をスイスイと行く彼女は住んでいる世界が全く違うように思えた。空はドロンとした雲に覆われその熱気がまんま転写したアスファルトの上を厚底のハイヒールが滑る。その足早さは後ろめたいことを誤魔化すためか。なんとか歩幅を広げ彼女の半歩後ろを歩く僕と同じように女性の後ろを歩く男性と何度かすれ違った。ああ自分もこんな冴えなく、キョドっているのかと少し悲しくなった。  彼女に声を掛けた理由。それは単純で、彼女が付けていたピアスが、あかねが付けていたものにそっくりだったからだ。それで、それはどこで買いましたかと話しかけてナンパだと勘違いしたのか最初は手元のスマホから少しも顔を上げてくれなかった。一言、「ドンキ」と呟いた。僕はドンキのどの売り場にありましたか、化粧品コーナーですかと聞き倒すと、彼女はウザったらしくなったのか顔を上げ思いっきり顔をしかめた。  「あのさあ、なんでも聞けば返答が来ると思ってんの?君何歳?ナンパ?言っとくけどお金くれないとなんもしないよ」  目鼻がしっかりしており海外女優に似た顔立ちで、一人きりでベンチを占領していた彼女は細いながらもしっかりした肉付きの足を組み前かがみの状態で居り、危ないんじゃないかとぼんやり思った。  やましいことなどないのに僕は彼女の気迫に負けいや…えっと…な、ナンパではないです。と小さな声で言う。  「その…本当にそのピアスがどこにあるのか知りたくて」  何度も同じことを繰り返す僕にゲェと舌を出し、ピュピュと口笛を吹いた。  「ドンキってのはうそ。あるわけないじゃん、これマジのダイヤだよ?ルビーで縁取って、ハート型にカットしたダイヤが3カラット。あんたの給料のおいくら分ってやつ。買った店は教えてやんない。キモいし」  僕はなんだと、とちょっと怒ってしまった。今僕は5万持ってるんだぞ。僕の視線が自分の胸元辺りをうろついていることに気づいた彼女は少し考え、スマホの電気を切り、顔を上げた。吊り目がコンプレックスなのかアイラインを強く引き垂れ目に見せている。テラテラと塗りたくられた唇が嫌に目について自分を花に誘われる蝶かと錯覚してしまった。そして彼女は小鼻を片方だけ起用に膨らませ「あー…、あんま期待してないけど」  枚数は? そう言った。   あかねは僕の友人だった由希の彼女だ。由希は通っていた高校で一番の不良であり、クラスの中心人物だった。金髪に染めた髪はすぐ伸びるからかいつもプリンになっており、僕は心の中で密かに逆プリンと呼んでいた。  彼女であるあかねはこれまた派手な女で目鼻がはっきりとして唇を真っ赤なルージュで彩り、もし自分が俳優の○○と付き合ったら、アイドルと付き合ったらという不毛な妄想を延々と語るつまらない女だった。自意識ばかりが先行して見栄の為に嘘まで吐く。そんな女だった。二人はクラスの中で一際目立っており、その釣り合い方に周囲はその内付き合うだろうと噂していた。その通り、二人は高校一年の終わりごろにはもうキスまですましており、あかねの話題は由希がいかに彼氏として完璧かということに変わっていった。  僕は二人のことが好きではなかった。読書をしていてもあかねの声は甲高く笑い声も下品で耳障りだし、由希も薄っぺらいことをやべーすげーなどの意味のない強調語で引き延ばし、YouTuberのパクリネタをさも自分が発見したかのような態度で皆に披露する目立ちたがりの大声野郎になったからだ。  由希はそんな奴ではなかった。中学の時友人だった僕は遠巻きに彼ら二人を軽蔑した目で見ていた。中高でクラスにどこにでもいる地味男くんを地で行っていた僕に軽蔑されようがなんてことはないんだろうが、僕はお前つまんないよと言いたくて堪らなかった。江戸川乱歩の人間椅子の文庫本に顔を突っ込み、でもあかねの声がうるさくて頭に入ってこない。どうしてそんなくだらない話にそんなに盛り上がれるんだ。デート内容を赤裸々に語るあかねに照れたのか由希が笑いながら「そんなおもしれえもんじゃねえって」と言う。始業のチャイムが鳴り、よれたスーツに身を包んだ担任が入ってきてもあかねらの取り巻きは各々の席に戻らない。困ったように弱弱しい声を出す担任は数分何か話して諦めたのかボーっと突っ立っていた。由希が先生さーせんと率先して席に着席するとあかねは由希優しいい^いと甲高い声をもっとキンキンにさせ由希の背中を叩いた。ああ、何が面白いんだと、白い目で何名かが見ている。  この狭い教室の中で二人はこうして暴虐武人に振る舞っていた。まるで王様か何かと勘違いしているその態度に今の内だからな、と僕は唇を噛みしめていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!