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兵舎の裏で、素振りをしているのを見かけた。
熱心なこって。
俺らみたいなのは、どうせ末端の使い捨てなのによ。
ばかなガキだ。
最近、田舎から出てきた、名前はなんていったかな。
まぁ、いい。俺には関係ねぇ事だしな。
雨の日も風の日も、ばかなガキは素振りを続けていた。
「おい、それじゃ意味ねぇぞ」
声をかけたのは、ほんの気まぐれだ。
「え?」
「剣の握りが違う。それじゃ、魔物の体に当たった瞬間に弾き飛ばされる」
「あ、あの……」
「こう持つんだよ。振ってみろ」
「は、はい!」
うん、これでいい。飲み込みが早い。
ん?
ガキはやたらときらきらとした目で、俺を見てきた。
「ありがとうございます、師匠!」
し、師匠!?
それから、気が向くときはガキに色々教えてやった。
「俺、魔王を倒したいんです」
「はぁ?」
大きく出たな、おい。
「それで、田舎の母ちゃんや弟達を守って、それから」
「みんなも守りたい」
曇りのない目で、ガキはそう言って笑った。
どうしようもねぇばかだな。
まぁ、いずれ、現実を知る事になるだろう。
かつての俺のように。
だが。
ガキは強くなった。
どんどん、どんどん強くなって、俺の事なんざあっという間に抜いていった。
今日も、兵舎の裏で素振りをしている。
熱心なこって。
田舎のガキが、今や勇者様だしよ。
それにしても、こんな雨の中でよくやるよ。
「おい、そろそろ止めとけ」
「あ、師匠……」
勇者といわれるようになっても、ガキは師匠と呼ぶのをやめなかった。
おかげで、俺まで一目置かれるようになっちまった。
「さすがに、この雨じゃやめといた方がいいだろ」
「雨……?」
おい、おい。気付いてなかったのかよ。
どんだけ集中してんだ、このばか。
「師匠。俺、怖いんです」
そりゃ、そうだろ。
例え勇者様だって、怖いものは怖いだろ。
なにしろ、相手はこの世界の半分を三日で焼き尽くした魔王だからな。
「そうじゃなくて」
剣を握った自分の手を、じっと見た。
「自分が強くなったと思うたびに、何か、大事な事を忘れていくような気がして……」
「……」
俺みたいな凡人には分からねぇ。
だけど。
「ま、忘れたっていうなら、その時は俺が思い出させてやる」
なんたって、お師匠様だからよ。
勇者を筆頭にした人間の連合軍は、破竹の勢いで魔王軍を蹴散らし、とうとう魔王と直接対峙する事となった。
ひゅっと息を飲んだ。
かたがたとみっともなく震えている。
こんな、圧倒的な恐怖というものが存在するなんて、この歳になって初めて知った。
恐怖の対象は、魔王だけではなかった。
そうか。
そうなのか。
魔王を倒すには。
人である事すら、忘れなければいけなかったのか。
勇者とは、そういうものなのか。
戦いは、勇者の勝利で終わった。
だが、喜ぶものはいなかった。
新しい恐怖の対象が、そこにいたからだ。
あれは、なんだ?
魔物でも、人でもない、あれはなんなんだ?
ゆっくりと、それは振り返った。
俺は、覚悟を決めた。
いい男ってのは、最期にじたばたあがいたりしねぇものだ。
お前にも、そう教えたよな?
「師匠……」
「!!」
お前は、やっぱりばかだ。
こんなになってまで、人である事を忘れてまで、まだ俺の事を師匠と呼ぶのか。
お前は、本当に、どうしようもねぇばかなガキだ。
俺は泣いた。
みっともなく、わんわんと声をあげて泣いた。
ぽつぽつと、雨が屋根に当たる音がする。
俺は今、田舎でガキどもに剣術や読み書きを教えている。
まぁ、学校のセンセイってとこだ。
らしくねぇって?
自分でもそう思う。
今でも、人々は口にする。
あの日、魔王を倒し、姿を消した勇者の事を。
「……」
俺は、これからもずっと、雨がふるたびに思い出すんだろう。
どうしようもねぇ、ばかなガキの事を。
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