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3/4デート
それからぼくらの週末は、泊付きデートが普通になった。彼女がぼくの家に泊まったり、実家暮らしの彼女の街に行く時は2人で外泊したりした。
やはり日帰りはきつい。彼女の家がよく許可してくれるなとは思ったが、少しでも一緒にいたかった。
10月、気持ちのいい季節がやって来た。
(ちょっと遠くに行きたいな)
そう考えていた時、友人の誠也が京都で昔の知り合いに会うと言う。
「優志たちも行かない?」
とぼくらを誘った。
なんでも誠也はその知り合いに長らく恋心を持ち続けていたと言う。
「そういうことなら尚更行くよ」
Wデートなのか3/4デートなのか、どちらでも良かったが、ぼくらは十分楽しめそうだ。役に立てるなら尚嬉しい。
「来週は京都に行こう!」
直ぐに彼女に伝えた。彼女はもちろん喜んでくれた。
ところが、言い出しっぺの誠也は土曜に仕事が入ったと言う。
「なんだよそれ、京都まで行くってのに」
土曜の晩にホテルも取っていた。日帰りはとにかく避けたかったから。
仕方なく、誠也の勤務が終わり次第、つまり夜出発となった。
誠也の車で高速に乗る。ぼくの車は2人乗りだから今回は使えない。
下りたのは彼女の街の近くのインター。
夜10時に彼女を拾う約束。
ファミレスの駐車場に彼女を見つけ、思わず助手席から手を振ってしまう。
誠也が窓を下ろした。
「どうも。こんばんは!」
彼女も挨拶をする。
「こんばんは。亜美です」
後ろのドアを開け、彼女が入ってくる。
「いや、話は優志から聞いてたけど、予想以上に可愛いなあ」
誠也はほんと口が上手い。人の彼女でもお構いなしに口説きそうでちょっとムッとする。
「えー、ほんとに? そんなぁ……、そうですか? お友だちさんもカッコいいですよ」
彼女も劣らずトークはいける。
「……」
喋らないでいると、すかさず誠也が突っ込んだ。
「何黙ってんだよ」
「やーね」
何だかちょっと腹が立ってきた。
「さあ、京都、京都。出発!」
誠也の変に明るい声が車内に響いた。
誠也のことを思って3/4デートに乗ったのに、いつもの2人デートにしとけば良かったと半分本気で思ってしまった。
「優ちゃん、何むくれてんの? ほら、機嫌直して」
いや、そんなこと言われたらますます戻れないし、かと言って腹を立てれば大人気ないし……。
「なんか、面白くない」
そう呟いたぼくを2人は暫く笑いながら慰め続けた。
日付が変わる頃京都に入った。ポテルは四条あたりのビジネスホテル。
チェックインを済ませ鍵を受け取る。もちろん誠也は別の部屋。
「なあ、今夜3人で寝ない?」
何馬鹿なことを。
「はいはい。明日のシミレーションでもして早く寝ろ」
「優志たちは夜更しするのか?」
「そうかもね」
「亜美ちゃん、ほんと?」
2人の男が彼女を見る。
「え、そんなこと、ないですよ………たぶん」
「たぶん!?」
でかい声で誠也が叫ぶ。
「お前が興奮してどうすんだ」
彼女は真っ赤になって照れている。
「照れる亜美ちゃんも可愛いね!」
とっとと寝ろ! と思いながら誠也を部屋に押し込み、ぼくらは自分たちの部屋を探した。
1305。
(あった)
一人で泊まる時もそうだけど、ホテルの部屋に入る時はいつもわくわくしてしまう。
(どんな部屋なんだろう)
そんな気持ちが湧き上がる。それが2人なら尚更……。
ロック解除の音が静かな廊下に響く。
真っ暗な部屋に入り、カードキーを差し込む。彼女も入って、ドアが閉まった。
その時、ぼくは咄嗟にカードを抜いた。
「えっ、どうしたの?」
暗闇の中、彼女を壁に押し付け、口づけた。
(………)
翌朝、「8時にロビー」は早すぎた。暇な誠也は7時でも良かったかもしれないが、ぼくらは今甘い季節を過ごしてる。
15分遅れでロビーに下りると誠也がふくれていた。
「遅い! どうせ寝てないんだろ」
なんて言うから、
「5時には寝たよ」
と言ってやると、
「はぁ? 嘘つけ」
とふくれた。
寝たのが嘘だと言ってるのか、それとも5時まで起きてたのが嘘だと言っているのか…。やはりどっちでも良かったが、昨日のお返しだ。
「亜美ちゃん、今日の服も素敵! 可愛いよ!」
「ありがとうございます」
(自分のデートの準備は大丈夫なんだろうな)
誠也お目当ての彼女とは、平安神宮で待ち合わせらしい。
大きな鳥居の下に彼女を見つけた。
「胡桃ちゃーん」
(運転手は運転に集中しろよ)
今日のぼくらはサポートチームだから、後部座席に座ってる。
最初は4人で話をしてたが、前で話が盛り上がってくると、ぼくらも2人の方が気楽になった。
この感じ、いつも運転手してるとなんだか新鮮。景色はあまり見えないけれど、この閉鎖的な空間は2人乗りの車以上に2人の世界を感じてしまう。なんと言っても完全に運転から解放されるのは、単純に出来ることが増える。
(なんだか病みつきになりそう)
「優ちゃん、ガム食べる?」
小さな声で彼女が聞いた。
ぼくは彼女の耳元で囁く。
「食べさせてくれるなら…」
彼女が思わずこっちを向いた。
「えっ、さすがにダメだよ」
小さな声で言う。
「大丈夫、前は盛り上がってるから」
彼女は少し考えていたが、ガムを剥いで、ちらりと前を見、すっとぼくの口元に持ってきた。
ガムは口に滑り込み、甘酸っぱいベリーの香りが口内に広がる。
(普段の10倍美味しいんじゃないか?)
自分で納得して、彼女にも剥ぐ。
そっと口元に持って行った時、
「優志、楽しんでる!?」
と、ミラー越しに大きな声が響いた。
……だから、自分のデートに集中しろって。
その後、ぼくらは嵐山でお昼を食べて、下賀茂神社でお参りをした後、三年坂あたりを散策し、夜は祇園のイタリアンで楽しく過ごした。
胡桃ちゃんとはそこでお別れ。
「バイバイ、またね!」
残った3人は帰途につく。
さすがに誠也も疲れたろうから、運転を代わる。
「誠也、帰りは運転するよ」
「そう、悪いな」
「助手席、亜美ちゃんが座るけどいいだろ?」
「ああ、いいよ」
誠也も充実感と疲れからか、やっとまともになってきた。
ぼくらは席を代わった。
京都南インターで高速に乗る。入口付近でもう一拍したい誘惑に駆られたが、
(そんなわけ行くか)
とETCを通過する。
今回も楽しかったな、と静かに2日間を振り返る。
既に誠也は爆睡していた。
ちらっと横を見ると、彼女もすやすや寝息を立てている。
首を少し斜めにして静かに眠る姿は、ぼくの大事なお姫様に違いなかった。
左手でそっと彼女の右手を握って、高速をひたすら走り続けた。
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