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躓き
毎週末に小さな旅行を繰り返しながら、秋はどんどん深まっていった。
だが、些細な事に愛は躓く……。
11月の中旬。彼女は友達に強引に誘われ、あまり乗り気のしない1週間のアメリカ旅行に出かけて行った。
「アメリカとか怖いし、早く帰ってまた優ちゃんとどこかに行きたいよ」
そんな愛しいことを言いながら出発した彼女は帰ってくるや、かけてきた電話で興奮気味に言った。
「アメリカ、すっごく楽しかったー!」
「私、アメリカに行って、やりたいことがいっぱい見つかったの」
その無邪気な言葉は、ぼくの心に陰を落とした。その頃のぼくにとって、彼女と一緒にいること以上にやりたいことなんて何も無かった。
小さな歯車の狂いは、あっと言う間に大事になる。書き言葉のやり取りは事態を急速に悪くした。
夜、電話をかける。
「……だからさ、それじゃおれたち、この先上手くいかないじゃない」
もっとぼくらの未来に目を向けて欲しかった。
だが、彼女は違っていた。
「……私、無理かも……」
背筋に冷たいものが走る。
「えっ。どういうこと?!」
「私…。もう無理かもしれない……」
頭が混乱する。
「……何が? どうして?」
「色々……」
「色々って?」
「……やりたいことが見つかって、喜んでくれるかと思ったのに、いけないことみたいに……」
その後、電話は3時間にも及んだ。だが、彼女は驚くほど頑なだった。
急速に悪化する事態は制御不能に陥る。
彼女は続けた。
「それに……」
「それに?」
「……今まで言えなかったんだけど、私……ちょっとしんどかった」
(えっ?)
2人の相性は最高だと、お互い思ってたんじゃなかったの。
「……例えば?」
「月曜日は起きるのが辛かったし……」
「言ってくれたら無理しなかったのに」
「……好きなんだから、って自分に言い聞かせてたと、……今は思う」
ついこないだも飛び着いてきたばかりの彼女の心の奥で、そんなことが起こっていたなんて想像さえ出来なかった。
埒のあかない会話は堂々巡りを繰り返す。
平日の夜、時計の針は2時半を指していた。
「……今夜はもう寝よう。その代わり今週末に会って話そう」
すると彼女はぽつりと言った。
「……もう会えないよ」
息が止まりそうになる。
「だから、この電話で最後にしたい……」
耳を疑う言葉が、胸を突き刺す。
(そんなに急にやめられるものなの? これまで紡いで来た時間をそんなにあっさり捨てられるの?)
その後更に1時間話す。彼女も今夜だけはどこまでも付き合うつもりらしい。
「とにかくもう少し考えよう」
そう言うしかなかった。
無言の彼女に、次の言葉を見つけられず、「おやすみ」と言って電話を切った。
一睡も出来ずに朝を迎える。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
職場で声をかけられた。愛想笑いも出て来ない。
その夜も次の夜も眠れず、どうしたらいいのか、一日中そのことだけが頭を巡る。
ぼーっとしていてミスを繰り返す。
「調子悪いなら、有休とっていいんだぞ」
周囲も異変に気付き始める。
「いや、大丈夫です。すみません……」
彼女に対し、慌ててアクション起こしてどうなるものでもない。それはさすがにわかってる。
だが、妙案は浮かばず時間だけが過ぎていく。
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