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プロローグ
「Papa, puis-je faire une pause ?(父さん、出てもいいかな)」
「D'accord. Reviens tôt(分かった。早く戻ってくるんだぞ)」
「D'accord(ああ)」
客間を出てすぐに、情緒溢れる景色に心を鷲掴みにされる。
まるでシャングリラと言われる場所に、トリップしているようだ。
丁寧に隅々まで磨かれた床板に広がっているのは、暖色の光――。
縁側の向こうで橙色や黄色、真紅の紅葉が折り重なって風でそよぎ、光り輝いている。
母の故郷のなんと美しきこと。
僕が日本と出会ったのは、十二歳の秋のことだ。
「お兄ちゃん待って! おみやげ~!」
「え?」
父と店を出る直前に、小さな女の子が僕のもとへ走ってきた。
歩みを止め体を屈めると、彼女は手のひらに握られた紅葉を見せてくれる。
「さっき紅葉見てたからどうぞ! またお家に見に来てね」
「……うん」
彼女の屈託のない笑顔を見て、僕はぎこちなく笑ってみせた。
(日本の女の子って、こんなに元気いっぱいなんだな)
「お兄ちゃんのおめめ……ビー玉みたい。王子様みたいだね」
ベビーピンクのワンピースを着た女の子はそう言って、僕をじっと見つめた。
車を出発してしばらくし、僕もあの漆黒の瞳が忘れられなくなっていた――。
紅葉の葉を見ると、無性に彼女に会いたくなる。
名前も居場所も分からない彼女に。
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