栄養満点です

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栄養満点です

 さて、俺の憂いごとは綺麗さっぱりとなくなった。  アベルにはきちんと手紙を出した。あれから問題が解決したこと、元気にしていることなど書き綴り、それを皮切りに文通をしている。最初の返事を読んでいるときにトピアスがそれを見て、えらくやきもちを焼いてその場で襲われかけたから、こっそりではあるが。  そのトピアスはというとあれからすっかり甘えたになってしまい、つんとし始める前よりも俺にべったりだ。俺を見かけると絶対駆け寄ってきて抱きついてくる。他の変化というと、ボディタッチやスキンシップが積極的かつやや過激になったことか。  所構わず甘えてくるので心配になったものの、どうやら俺といられるのがあと僅かだと言うこともあって恥も外聞も捨てただけのようだった。最終学年になると授業を受ける生徒はぐっと減る。単位が足りない生徒以外は、仕事を覚えるためにその大半を就職先での研修や家探し、引越しの準備にあてることになり、退寮していくためだ。職種によってはのんびりしていたりもするが、そういう生徒は稀。卒業式には皆集まるが、他学年との接点は意識的に持たないとなくなってしまう。  ユーゴは何かあればくっついている俺たちを見て片眉を上げて肩を竦めるが、その顔に否定的な色はない。  ただまあ、心配はされた。彼は俺とトピアスがどういう感情で一緒にいるのか嫌という程知っているが、よく知らない奴らからすると俺は年下の小さな獣人に屈したという扱いのようで、たまに嫌味というか、やや馬鹿にされることがあるからだ。だがそれは事実とは違うし、トピアスの立場が悪くなるわけじゃないから俺は気にならなかった。トピアスが匂い付けした俺に抱きつく度、側で俺たちを見る奴らにどうだ、と言わんばかりに自慢気にするのはむしろ面白い。  ユーゴ曰く獣人が誰かに匂いをつける、所謂マーキングをするのは、自分の方が立場が上なんだぞ、という証だそうで。更に言うならば突っ込む側なんだぞ、ということらしく。  つまり俺たちの場合は俺はマーキングはできないので、俺だけが匂いをつけられている状態で、ということはすなわちトピアスの方が立場が上、俺が組み敷かれて突っ込まれる側ということになるんだそうだ。  しかしトピアスは単純に独占欲からそうしているようだし、親しい友人がわかっていてくれるならそれでいいと思う。トピアスからは俺の中で出して匂い付けしたいと同時に、俺にもそうされたいとはっきり言われている。……から、その、今は二人でゆっくりやり方を勉強して、少しずつ実践している途中だ。  図書館の持ち出し禁止の中にそういう種類の本があって、石鹸水でほぐしたり洗ったりしている。恥ずかしいし違和感が拭えないが、多分順調だ。男の中にもいい場所があって、そこを刺激されると声を抑えられないというのもこの間経験した。俺の方が見つかるのが早かったから、多分、トピアスを受け入れるのも時間の問題だろう。というか、トピアスのナニが大きくならない内に慣れておきたい。  反対に、俺はどうしてもトピアスの小さな体に俺のものを突き立てるのに抵抗があって、指はともかく、実際に俺が彼の中にというのはまだまだ先になりそうだ。兎の獣人は男だろうと成人していようと小柄なものらしく、尻込みする俺に反してトピアスはやる気に満ちていてかなり貪欲だが。多分、学年が上がるまでにはと思っているんだろう。  その焦りようは必死で、日頃の甘えぶりと合わせて可愛い以上にかわいそうになる。  俺は卒業してもトピアスを好きでいるつもりだが、彼はどうも卒業したらこの関係が切れるものだと思っているような節があって、それは心外だし不満だ。  まあ寂しい思いをさせてしまうには違いないから、俺はひとつ、プレゼントを用意した。本当はサプライズにしようかと思ったが、トピアスを見ていると隠しているのが悪どいことのように思えて仕方が無く、良心の呵責に耐えかねたというのが大きい。  学年末のテストが終わってから、話がある、と言うと、トピアスは殊更に緊張した。それを見てテスト前に言わなくて良かったと思う。せっかく成績も伸びているのに俺のせいでそれが落ちるのは申し訳ない。  緊張どころか泣きそうな顔で俺の部屋にやってきたトピアスは、涙目で俺を見上げた。それを安心させるため、一度抱き寄せて体を撫でる。 「は、話ってなんですか」 「ん。大事な話だ」  安心させるように笑みを浮かべるが、今のトピアスには通じなかった。わざと曖昧な言い方をしている俺も俺だが……苦笑に変えて、テーブルの上に用意していた書類を見せる。思っていた流れと違ったからか、彼は俺と書類とを見比べて、俺が差し出したそれをそっと両手で受け取った。 「……これは?」 「俺の内定通知書。ここ、見てみ」  指差したそこには、就職先の名前が書かれている。トピアスはそこに目を落とし、それから書類の内容を確認すると、急いで俺を見上げた。 「こっ、これって」 「そ。俺の就職先、ここ」  ここってつまり、このギムナジウム(ここ)だ。  俺の力は大体荷物整理で使われる。今の小遣い稼ぎでもそういうことをすることが殆どだ。荷物運びだとか、そういうことの多い場所で求められる。それは勿論、この学校でも同じこと。他にも幾つか打診されたが、俺はひとまずこの学校で三年間、用務員として学校の大型備品の整理を行うことになった。その次の職場については、俺の三年間の仕事ぶりを見て推薦状を書いてもらったり、契約を更新したりと選べる。ここの職員は教師も含めてここの卒業生だったり異能持ちだったりするし、人付き合いに関しては節度さえ守れば口うるさく言われることもない。その辺の素行はすでに信頼されているところでもある。日頃の行いって大事だ。用務員は生徒の成績について何かしらの権限があるわけでもないし。 「俺のいる場所は変わるけど、まだお前と一緒に居られる。だから、焦らなくても大丈夫だよ」  トピアスはぼくのせいで、と呟いたが、俺がそうしたかったからそうしただけだと言うと、書類を俺に返してきて、空いた両手でこれでもかと俺にしがみついた。書類をテーブルへ戻し、小さな肩を抱いて、頭を撫でる。 「八年は受講したい授業に参加しながら、その他の空き時間は大体学習棟のどこかにいると思う。勿論休日はできるだけ一緒にいられるようにする」  生徒は許可が降りない限り敷地内からは出られないが、職員となると話は別だ。ここを卒業するということは、異能を制御することができると認められたということでもある。夕食を外で摂ってもいいし、翌日の都合との兼ね合いで問題がなければ外泊も可能。休日なんてなんの拘束もない。まあ、大体が買い出しや……場合によっては酒場や娼館に行ったりするらしいが、俺には縁遠い話だ。 「俺は、トピアスが好きだよ」  改めてそう告げると、すぐにぼくも、と返事が来る。鼻をすする音がするから、泣いてるんだろう。からかうように泣くほど嫌かと訊ねると、俺に頭を押し付けるようにして首を横に振る様子が愛おしい。分かってるくせにと涙に濡れた声が胸に響いたが、万が一ってこともあるからな、と返すと黙りこくった。 「怒った?」  体を離して彼の顔を覗き込むと、両手で顔を掴まれてがっつり唇に吸い付かれた。破顔し、それに応える。 「大好き」  唇から、暖かな音が漏れた。
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