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1. 夏の風はいつも僕らを
「ねえ陽翔。平塚花火大会って見たことある?」
明日から、中学生になって初めての夏休みが始まる日。最後のホームルームが終わり、ロッカーで靴を履き替えていると、結愛が話しかけてきた。
結愛とは、生まれる前からの付き合いらしい。別に前世からのつながり的な意味ではない。母親が俺を妊娠している時に、保健所が紹介する母親サークルとかいうもので結愛の母親と知り合い、一週間ちがいで結愛と俺が生まれてからも、ずっと親同士が仲良くしてきたというだけのことだ。俺と結愛は、葉山の長者ヶ崎海岸に近い同じマンションに住んでいたから、幼稚園も小学校も同じところだった。
毎年の誕生日も、当然のように、お互いの家で合同誕生パーティーをやってきたので、俺にとって結愛は、口うるさい姉のようなものだった。
小学校六年生になった頃、「お前ら夫婦かよ」と友達にからかわれて、そんな関係の女子がいるのは普通じゃないと気がついてから、あえて学校ではそっけない態度を取るようにしてきた。それまで耳の横で三つ編みにしていた結愛が、長い髪を高いところで結んだポニーテールにするようになり、ちょっと大人びた女子っぽい見た目がまぶしくなったのも、その頃からだ。
「平塚って、随分遠いな。逗子海岸のじゃなくて? 江ノ島の花火なら毎年、家から見てるけど」
マンションの窓からは、毎年十月に遠く海の向こうに小さく打ち上がる花火が見えるし、遅れて小さな音も聞こえてきた。逗子海岸の方は、すぐ近くだが、うちからは山の裏側になってしまうので、音は聞こえても見えない。
「そんなんじゃなくて、もっと会場の近くで、ドーンと打ち上がるの」
「平塚は行ったことない。江ノ島のは、小さい頃、一度だけ親に連れて行かれたことがあるな。でも、人ばっかり多くてよく見えなかったし、帰りの江ノ電も、ものすごく混んでて、なかなかホームにも入れなかったし。乗ったら乗ったで、ぎゅうぎゅうで死ぬかと思った。逗子は、お前と一緒に親に連れて行かれたことあるよな」
「うん」
なんでそんなことを聞いてきたんだろう?
「見に行かないかって、誘われたんだ。優斗から」
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