第七章 もう子どもじゃないよ

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 ボールの中に常温で緩ませたバターを入れる。砂糖と卵黄(らんおう)を加えてまぜまぜ。ちょっと塩を加えてしょっぱさをアクセントに。小麦粉を加えてさらにまぜまぜ。よし、いい感じ。ちょっとだけへらについた生地(きじ)を味見してみよっと。うん。美味しい!  生地をサランラップの上に乗せて、すりこぎで伸ばす。薄く引き伸ばされた生地を冷蔵庫に入れて一時間放置! その間に(りょう)と一緒にゲームしてっと……。あっと、すぐに一時間経っちゃうよ。よし、オーブンを予熱だ。180度で十分。その間に生地を丸や星、それにハートの形にくり抜いて、天板に乗っけてオーブンに入れること十分。さあ、僕特製のクッキーの出来上がり!  (めぐみ)さんに僕が焼いたクッキーを持って行くって言いながら今まで先延ばしにしていたからね。今日こそきちんと焼いて、明日兄ちゃんたちと一緒におやつに食べるんだ。クッキーのいい匂いが漂って来る。ふわぁ、美味しそう。一個くらいなら食べてもいいよね。やっぱり美味しいなぁ。クッキーはプレーンがシンプルで一番だね! 「うーん、やっぱり(みなと)の作ったお菓子は美味しいな。甘くて程よく塩気もあって、止まらなくなりそうだよ」  僕がギョッとして横を見ると、嶺が次々と僕が作ったクッキーを口に放り込んでいる。 「あ、ダメ! これは明日兄ちゃんと恵さんに持って行くやつなの! そんなに食べたら、持って行く分がなくなっちゃうでしょ」  僕は慌ててクッキーを袋に入れてきつくその口を(しば)った。 「なんだよ。せっかく焼きたてのクッキーなんだから、今食べたいじゃん」 「だーめっ! それに、クッキーは焼いてから少し時間置いた方が味が染みて美味しくなるんだから。明日まで取っておくの!」  嶺がいかにも残念そうにクッキーの袋を眺めている。 「あーあ、つまんないの。湊、なんか面白いことない?」 「急に面白いことって言われてもな……。あ、そうだ。嶺、こっち向いて」 「なんだ?」  嶺がこっちを向いた瞬間、僕は嶺の唇にキスをした。嶺は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに僕の舌に自分の舌を夢中で絡ませて来る。 「湊はエッチだな」  嶺はそう言うなり、僕をひょいっとお姫様抱っこしてベッドまで連れて行くと、僕を裸にした。 「嶺こそ、すぐに僕を脱がせたがるんだから。嶺のエッチ!」 「うるせぇ。その減らず口、すぐに黙らせてやるよ」  嶺は僕の身体に舌を当てがった。首筋、乳首、そしてお腹と下半身に向けて僕の身体を嶺の舌が刺激する。いつの間にか、エッチのやり方を何一つわかっていなかった嶺が、僕が今までに経験したどの男よりもエロい男になっていた。「黙らせてやるよ」と嶺に言われるまでもない。僕はただ嶺に身体を刺激されるたびに、身体をびくんと反応させ、喘ぎ声を上げて「嶺、気持ちいいよ」とひたすら繰り返す以外の言葉が出なくなっていた。  嶺は自分の服を脱ぎ捨てた。その服を脱ぐ姿も男らしくて思わず惚れ惚れしてしまう。 「ほら、舐めろよ」  嶺に言われるがまま、僕は嶺の身体に吸い付いた。嶺の筋肉質な身体は舌を這わせていると、その反応が(にょ)(じつ)に舌を通じて伝わって来てエロくて仕方がない。  僕たちが前戯ですっかり気持ちよくなったところで、嶺が僕の身体を突き上げ始めた。激しいだけじゃなくて、絶妙な緩急をつけて、僕の全てを支配する。僕はもう嶺にぞっこんだった。 「おら、湊。気持ちいいか?」 「ああん! 気持ち……いい……よ」 「俺のこと、好きか?」 「好きだよ……、あ、あん!」  嶺は僕が喘いでいても、ちゃんと返事をしないと許してくれないんだ。本当にドエスなんだからっ! 僕たちはどんどん気分も快感も高まっていき、二人揃って絶頂に達した。僕は自分のお腹の上に、嶺は僕のお尻の中に、それぞれ白い液体を飛び散らせた。  果てた後、抱き合って横になりながら、僕たちは互いの身体をつつき合っていた。 「嶺、めっちゃエッチ上手くなったね」 「当たり前だろ? 湊を気持ちよくさせるために、俺もいろいろ研究したんだ」 「研究ってどうやって?」 「そ、それはいろいろだ」 「いろいろって?」 「いろいろはいろいろだ!」  嶺はそれ以上のことは何も教えてくれなかった。でも、頑張ってエッチの方法を調べている嶺の様子を想像したらなんだか笑えた。 「嶺は真面目だもんね」 「お前、笑ったな?」 「いや、嶺もいろいろ頑張ってるんだなぁって思ってさ」 「おうよ。俺だって俺なりにいろいろ頑張ってるさ。湊も成長しているしな」 「僕が?」 「ああ。大分、大人っぽくなったしな、これでも、初めて会った時は、幼稚園児にしか見えなかったけど」 「幼稚園児はひどいよ。せめて小学生くらいにはしといてよね」 「あはは、それじゃほとんど変わりないだろ。別にバカにしてる訳じゃないんだぜ? それくらい湊が可愛かったって意味だよ! もちろん、今でも可愛いけどな。でも、今のお前は可愛いだけじゃない。たくましくなったもんな」 「なんか、それ、同じセリフを一郎(いちろう)にも言われた気がする……」 「皆、感じているんだよ。湊の成長をね」 「じゃあ、何歳くらい僕、成長したと思う?」 「そうだな。最初に会った時のお前が五歳児だとしたら、今は二十歳くらいかな?」 「ならよし。一郎ったら、僕が二十五歳の貫禄だっていうんだよ。さすがにそんなに年取ってないよね?」 「あはは! 二十五歳には見えないなぁ。こんなに小さくて可愛い甘えん坊だからな。二十五歳の貫禄を身に付けるには、もうちょっと大人にならないとな」 「今はまだいいや。高校生でいたい」 「見た目だけなら中学生だけどな」 「嶺!」 「ごめんごめん」  どうやら僕の精神年齢は人の評価によってその幅はあれど、この一年でだいぶ成長したことは確からしい。一郎と(しょう)くんは、僕に影響されて家族にもカミングアウトしたんだって。そんな影響を与えられるくらい、僕も大人になったってことでいいかな? 一つ言えることは、僕は今の生活がこの十六年の人生の中で一番気に入っているということだ。恋人がいて、親友がいて、優しい兄ちゃんがいて、僕のゲイライフはだいぶ充実している。  まだまだ僕はこのゲイライフを楽しんでいくつもりだ。わざわざ男好きに生まれたのにも意味があるんだろうね。僕は今ではゲイに生まれてよかったと思っているよ。だって、嶺との出会いだって、兄ちゃんとの絆だって、一郎、翔くん、(げん)()くんとの友情だって、僕がゲイじゃなかったら絶対経験できなかったことだしね。僕は僕のことが好き。そう思えるようになったのも、僕がゲイに生まれて来たからなのかもしれない。  ゲイとして生きるのは案外楽しいよ。それが僕の今の正直な気持ちなんだ。  ―完―
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