第四章 立つ噂

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 (りょう)は泣きながら僕に話した。 「俺は(みなと)と出会ってからずっと幸せだったんだよ。湊が生まれて来なかったら、俺は今でもずっと自分も周囲も騙して、の男になろうとしていたと思う。俺が俺らしく生きていくきっかけをくれたのはお前なんだよ。湊と出会って俺は初めて本気で好きになれる恋人を持つことの幸せを知ったんだ。湊はそんな大切な存在なんだよ」  僕はなんだか気恥ずかしくなって、 「もう、嶺は泣いちゃダメ! 昨日から泣き過ぎだよ、嶺は」 と(ちゃ)()した。 「バカ! お前のせいで泣いてるんだろ。俺、普段はそんな泣かねぇよ」  嶺は顔を真っ赤にしながら目をごしごしこすっている。そして、僕に向き合い直すと、 「湊、もし学校にいるのが辛かったら、いつでも俺の教室に来い」 と言った。 「え、いいの? 僕がそんなに嶺の教室に通ったら、僕との関係がもっと噂になるよ?」 「そんなものどうだっていいんだよ。俺は湊の力になりたいの。だから、他のやつらがどう俺のことを噂しようが関係ない。実際に俺は湊の恋人なんだし、別に嘘の噂を流されているわけじゃないんだから」 「嶺……」  今度は僕が涙ぐんだ。すると、嶺は急にデレッとした顔になって、 「ねぇ、湊。もっと泣いて?」 と言った。僕は唐突に嶺にそんなことを言われ、ただただポカンとするしかなかった。 「は?」 「だって、湊の泣き顔、可愛すぎてさぁ。湊の笑顔も可愛いけど、泣き顔も反則級に可愛い。もっと湊の泣いてるところ見たい」 「え……」 「ねえ、湊、もっと泣いて?」  今までの感動を返して欲しいよ。僕は腹立たしくなって、断固嶺からの頼みを拒否した。 「やだ! もう、絶対泣かない!」 「じゃあ、今度一緒に映画見に行こ。泣ける映画選んでおくから」 「嫌だよ。なんでわざわざ泣きに行かないといけないわけ? 別に僕、泣きたい訳じゃないもん」 「じゃあ、今度玉ねぎ切ってくれよ」 「それ、泣いてるのとちょっと違うと思う」 「それじゃあ……」 「だから、もう嶺の前では泣かないってば!」  嶺って外見では無骨で堅物感を出している癖に、変な性癖があるんだよな。嶺の前では滅多なことでは泣かないようにしよう。ま、それでも、ずっとそのまま僕の泣き顔を見せてやらないっていうのも可哀想か。もし、何かあった時は嶺の胸に飛び込んで思いっきり泣かせてもらおっと。そんな時は不純な動機からかもしれないけど、絶対に僕の力になってくれるだろうし。  そんな下らない嶺との会話に僕は少し笑顔を取り戻した。  しかし、学校に着き教室に入ると、また昨日のように冷たい視線が僕に突き刺さった。やっぱり、嶺と別れて一人でこの教室に入るのはキツイなぁ。そう思いながら自分の席につき、通学カバンから教科書を出していると、 「おーい、ホモ谷!」 という声と共に、(きょう)()たちががやがやと教室に入って来た。ホモ谷って、中学の時の僕のあだ名じゃん。なんで、恭太たちがその呼び方を知っているんだよ? 「おい、無視するなよ、ホモ谷」  恭太が僕の肩に手を回した。いつもだったらここで僕は怖くて震え出すところだ。だけど、今日の僕はちょっと強気だ。もし、何かあれば嶺が助けてくれる。そんな安心感があったから。 「僕はホモ谷なんて名前じゃないよ。桐谷(きりたに)湊ってちゃんとした名前があるから」 と、僕は恭太に反論した。そんな僕に恭太は少し驚いた顔をしていたが、 「何、怒ってるんだよ。だって、お前、ホモなんだろ? だから、ホモ谷でいいじゃん。桐谷より覚えやすいし」 と悪びれずに答えた。というか、恭太には本当に悪気はないらしい。 「僕は嫌だ。ちゃんとした名前で呼んで欲しい。それから、僕がホモだってホモじゃなくたって、(いり)()くんに何の関係もないでしょ」 「なんだ、連れないなぁ。つまんねぇの」  恭太は明らかに僕に対する興味を失った感じだ。すると、恭太の隣にいた恭太の友達が、 「そんなこと言っても、アプリでおっさんとデートしていたんだろ? ホモにホモって言って何が悪いんだよ」 と僕を責めた。 「もうアプリはやってないし、おっさんには騙されて襲われかけただけ。最初からそんな人だとわかっていたらやってない。それに、あの時はバカなことしたって今では反省してる。だけど、ホモって笑われるのは嫌だ。僕がホモでも笑いものにはなりたくない」 「はぁ? ホモなんて笑われて当然だろ。お前、調子乗んなよ」  僕の反論に恭太の友達は虚勢(きょせい)を張ったが、恭太がそんな彼を止めた。 「もう、止めとけよ。桐谷をいじってもつまんねぇし、もう行くぞ」 「え? あ、おう。そうだな」  恭太を押してまで僕をいじめるつもりは彼にもないらしい。僕は内心ホッと胸を撫で下ろした。その後、僕のことを「ホモ」だと言って噂を立てたり、陰で笑う生徒は特にいなかった。かと言って、仲良くなる友達もいなかったけど。クラスのリーダー格である恭太が僕に興味を示さないと、クラス全体の空気もそうなるらしい。ここの高校でもずっと今まで独りぼっちを貫いて来たおかげなのか、僕の影は薄いままだった。  それからの学校では、僕は嶺の教室に入り浸るようになった。嶺のクラスメートにも、ほとんど僕と嶺とが恋人関係であることは暗黙の了解になっていた。最初は興味本位で僕と嶺を見ていた人もいたけど、だんだん僕と嶺が一緒にいるのが日常化して来ると、僕たちに特別注意を払う人もいなくなった。  これでなんとか新しい高校にもいられなくなる危機は脱したのかなぁ?
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