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第五章 変わる家族、変わる僕
僕が熱を出して伏せっていた間中、僕に付き添ってくれていた嶺だったが、今度はその嶺が熱を出して寝込んでしまった。僕の引いた風邪がそっくりそのまま嶺に移ってしまったらしい。僕のそばでずっと看病してくれた嶺に代わって、僕がその嶺の看病をしなくちゃいけない。僕が風邪を引いたことがそもそもの原因だし。
僕は嶺の家に泊まり込んで嶺の看病をすることにした。
「あのぅ、キッチン借りてもいいですか?」
僕は嶺のお母さんに許可を貰い、嶺のためにチキンスープを作ることにした。チキンとトマト、そして卵を入れたチキンスープは、風邪を引いた時にぴったりの料理なんだ。
「湊くんってお料理上手なのね。将来、主夫になれそうね」
嶺のお母さんがそんなことを言って僕を茶化した。
「うーん、主夫かぁ。いいかもしれないなぁ。働かなくていいし」
「うふふ、湊くんって面白い子なのね。嶺といつも仲良くしてくれて、風邪の看病までしてくれてありがとうね。本当に湊くんったら、嶺の奥さんみたいね」
奥さんかぁ。嶺の奥さん。悪くないかも。
「えへへ、じゃあ、将来嶺と結婚しちゃおっかなぁ」
僕は何の気なしにそんな冗談を飛ばした。ところが、その言葉に嶺のお母さんは「え?」と短く声を発したまま固まってしまった。え、結婚するってそんなにまずいセリフなの……?
「え、あ、いやぁ、もうやだなぁ。冗談ですよ、冗談! 将来、僕は女の子と結婚しますし」
僕は冷や汗を流しながら取り繕った。
「え、ええ。そりゃそうよね。あはは、わたしったら、何を本気にしちゃっているのかしら。まさか、あなたたち二人に限ってそんなことないわよね」
嶺のお母さんも冷や汗を流しているようだった。
僕たち二人に限って、か。その僕たち二人に限ってなんですけどね。と、チキンスープが吹きこぼれそうな程沸騰しているじゃないか。僕は慌てて火を止めた。
数日間寝込んでいた嶺だったが、順調に体調は回復していった。僕の看病のおかげだよね。これぞ、「愛の力」ってやつだね。
でも、せっかく熱は下がったのに、嶺のやつ、まだ風邪がぶり返すのが怖いからって、お泊まりしに行っても、ちっとも楽しいことしてくれないんだよね。恋人同士で夜にすることといったら、イチャイチャして、ぶっちゅーして、あんなことやこんなことして、二人で気持ちよくなって……ってことじゃない? でも、嶺ったらなーんにもしてくれないの! もう、つまんない!
今夜も嶺は僕より先に布団に潜り込んで寝息を立て始めた。つまんないの! 僕は何か楽しいことはないかと部屋の中を探った。と、嶺の携帯が充電器に繋がれ、赤く光っているのが見えた。あ、そうだ。嶺の携帯覗いちゃおっと。
嶺のやつ、携帯のロック画面とか全然設定してないから中身を見放題なんだよね。こういうところ、結構ズボラなんだ。嶺のやっているゲームを弄ってみたり、ネットサーフィンをしてみたりしていたところ、不意に指が電話帳に当たった。まず目に飛び込んで来たのは一郎の名前だった。
そういえば、一郎に僕と嶺が付き合うようになったこと、まだ報告していなかったな。このまま眠るにしたって、まだ全然眠くないし、電話かけちゃえ! 僕は一郎の番号に発信ボタンを押した。
「もしもし」
一郎の声はお化けかと思うほどぶるぶる震えていた。
「うわぁ、びっくりした。一郎?幽霊が出たかと思っちゃった」
「寒いんだよ。今、外、雪降ってるから」
雪! 僕の住んでいる地域では、真冬でもほとんど降らないものだ。僕は俄然わくわくして来た。
「え? 雪!? いいなぁ。ねぇねぇ、今度、そっち遊びに行っていい?雪合戦しようよ!」
「雪合戦って……。もう僕たち子どもじゃないんだから……」
「え? 僕たち、まだ子どもでしょ? 二十歳になったら大人。それまでは子ども。あれ、一郎ってもう二十歳だったっけ?」
「十六だよ、十六! で、こんな時間に何の用? しかもこれ、嶺くんの携帯でしょ? 湊、今、何やってるの?」
やっと、それを訊いてくれましたか!
「へへん。それ訊きますか?」
「ああ、もういいよ。話長くなるなら」
「訊いといてそれはないでしょ。最後まで訊いてよ」
「この夜中に携帯を親に取り上げられたこの桐谷湊くんが因幡一郎くんに電話をかけられているというのはだね、水瀬嶺くんのお家にお泊りしに来てるってことなのだよ!」
「ああ、そうですか」
なーんだ、連れないなぁ。一郎の反応があまりにも淡泊でちょっとがっかりだ。
「なーんだ、もっとびっくりしようよ! お泊りだよ、お泊り! 夜は嶺とあんなことやこんなことしたり、楽しいことたーくさんあるんだっ!」
「あれ、嶺くんと湊、今付き合ってるの?」
「ピンポーン! 実は、僕と嶺、付き合うことにしたんだ。」
「本当に?」
「うん、本当。嘘じゃないよ。嶺に訊いてみる?」
ここまで言って、やっと一郎は僕と嶺が付き合い出したことがわかったらしい。はぁ。一郎って、意外に人の恋心について鈍感だよね。普通、もうちょっと早く気付くと思うんだけど。でも、一郎は、
「おめでとう、湊!」
と僕を祝福してくれた。
「うん、ありがとう、一郎。これも全部一郎のおかげだよ。これからもずっと僕の味方でいてね」
「もちろんだよ! 湊も僕の味方でいてくれなきゃ嫌だよ!」
僕らは笑い合った。あ、でもここで感傷に浸っている場合じゃないや。嶺がちっとも僕を相手にしてくれないって愚痴、一郎に聞いて貰わなくちゃ。
「ねぇ、訊いてよ! 嶺ったらひどいんだよ! 僕がまだまだ楽しいことしようって頼んでいるのに、もう眠いから嫌だって言うんだよ! そのまま勝手に寝ちゃうし、僕が起こしても全然起きてくれないの! せっかくお泊りしてるのにつまんない!」
「で? 暇つぶしに、嶺くんの携帯勝手に借りて僕に電話してきたってわけ?」
「ピンポーン! そういうことっ!」
「そっかぁ。ごめんね。僕、もう遅いから眠いや。また電話しなよ。話なら今度聞くからさ。じゃあ、寝るね。おやすみ」
え、もう切るの? そうはさせないよ!
僕は眠そうな一郎を無理矢理起こすために、
「わっ!」
と大声で叫んだ。一郎がはっと息を呑むのがわかった。しめしめ。これで目が覚めたな。
「へへ、目、覚めた?」
「もういい加減に寝かせてよ。僕、病み上がりなんだよ」
「え? 一郎、病気だったの? 大丈夫? 死んだりしない?」
「死ぬわけないじゃん。ただの風邪だよ」
「なーんだ、それはよかった。もう治ったの?」
「だいぶ」
「じゃあ、もう元気ってことだよね?」
「でも、まだちょっとだるいよ」
「えぇ? じゃあ、寝てなきゃだめじゃん」
「だから、寝ようとしていたの! そしたら湊が電話してきて、ずっとこうやって話してるから寝られないの!」
一郎はもうだいぶイライラしている様子だ。
「でも、この時間に電話して出たってことは、今まで起きてたってことでしょ? 本当は寝られなかったんじゃない? じゃあ、僕と話してくれてもいいじゃん」
僕の指摘は図星らしい。一郎からの反論がない。
「おーい! 一郎、聞いてるの? もしもーし!」
僕は電話口で一郎にまくし立てた。でも、なかなか一郎からの返答がない。あれ? どうしちゃったんだろう。僕は少し一郎が心配になった。
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