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一郎との通話を終えた僕だったが、一郎がこだわっていた「強さ」と「弱さ」を僕は改めて意識した。僕って強いのかな。嶺がいてくれないと強くいられない僕は、結局のところ弱い人間なのかもしれない。もし、何か僕と嶺との関係にあったら、僕は強くいられるのかな……。
僕は常にそのことを考えるようになった。こんなこと悩んでいるのを知られたら、また嶺が心配しそうなので、嶺には黙っていたけどね。それに、そろそろお父さんの言いなりになったり、お父さんに怒られて泣いているだけの自分は卒業したかった。もう、これでも僕は十六歳だ。後二年で十八歳になれば、きっと僕は家を出て行く。それまでに僕も大人になって、もっと強くなりたい。そう思った。
でも、そう思っていても、なかなか思ったように成長はできないものだ。冬休みになるまで、僕はちっとも自分の中で何かが変化するようなことはなかった。
そんな中、一郎が、僕が冗談で言ったはずの温泉旅行を実行してくれることになった。まさか、あんな冗談を真に受けるなんてな。どこまでお人好しなんだか。
だけど、温泉旅行以上に驚いたのは、一郎の成長ぶりだった。何と、学校の中で堂々と翔くんと付き合っていることをカミングアウトしたんだって。その上、味方になってくれる友達もたくさんいて、学校生活も充実しているらしい。中学時代にいじめられて引きこもっていたというエピソードからは信じられない話だ。部活の仲間とクリスマスパーティーも翔くんと一緒に祝ってもらったんだって。
何だか、一郎は僕の一歩も二歩も先を行っているな。僕は一郎が羨ましかった。恭太に「もうホモをネタにするのはやめてほしい」と告げたことが、僕にとってのカミングアウトだったのかもしれない。でも、皆の前でカミングアウトした訳でも、仲間をたくさん作った訳でもない。相変わらず、僕にとって学校で心を許せるのは嶺だけだった。一郎は一郎が思っているよりずっと強い。僕にはできないことをどんどんやってのけてしまう。やっぱり僕は弱いんだろうな。
僕は温泉旅行中、ずっとそんなことを考えていた。確かに温泉旅行は楽しかった。翔くんとお風呂で泳いで競争したり、嶺とこっそりイチャイチャしたり、本当に楽しかったんだ。だけど、僕の心の中にはモヤモヤしたものがずっと渦巻いていた。
僕も、一郎みたいに強くなりたい。僕は一郎に強い憧れを抱いていた。
温泉旅行から帰った僕は、嶺と僕の家で一晩を共にした。
「旅行中、お前、何か悩みでもあったのか? たまに沈んだ顔していたよな?」
嶺が僕にそう尋ねた。うう。嶺はこういう所、鋭いな。ずっと隠していたつもりなんだけど……。
「ええ? 気のせいじゃない? 僕はずっと楽しんでいたよ」
「そうか? でも……」
「もう、そういうのいいから。それよりさ……」
僕は嶺の唇を奪うことで、これ以上嶺に突っ込まれるのを阻止した。
「ったく。お前はすぐにエッチしたがるんだから」
嶺は呆れたように僕にそう言うと、僕と服を脱がせ合って、裸の身体を絡ませ合った。だけど、今日のエッチは、どこか上の空だった。考え事がエッチよりも優先してしまう。もう、嫌になっちゃうよ。こんな風に悩むのも正直しんどい……。
と、その時、僕の部屋のドアが何の前触れもなくいきなり開いた。僕も嶺も抱き合った態勢のまま固まった。恐る恐る振り返ると、お母さんが青い顔をしてそこに突っ立っていた。僕の全身から冷や汗が噴き出した。
「お、お母さん……」
僕が何とか言い訳を絞り出そうとした瞬間、
「キャーーーー!!!」
というお母さんのけたたましい悲鳴が上がった。そのお母さんの悲鳴を聞きつけて、お父さんが僕の部屋に駆けつけた。お父さんは僕と嶺が全裸で抱き合っている姿を見るなり、言葉を失った。四人の間にしばらくの間静寂が流れた。お父さんはぶるぶる震え出した。
「お前たち、一体何をしているんだ」
お父さんの声が震えている。僕たちはお父さんからのその問いに何も答えられなかった。
「お前たち……そうだったのか。そういうことだったのか」
お父さんが怒りに満ちた顔で僕に迫って来た。
「別れろ。今すぐにここで別れろ!」
「……嫌だ。絶対に嫌だ!」
僕は思わずお父さんに反抗した。すると、僕はお父さんに張倒された。だけど、僕はもう後には引かなかった。
「僕から嶺を奪うんだったら、僕、この家を出て行くから」
「何を言う! そもそも、もう男とこんないかがわしい行為を二度としないと約束したんじゃないのか?」
「したよ! したけど、嶺は僕の恋人だから。だから、今までの男とは違うんだ」
「どこが違う! こんな恥ずかしい行為をして喜んでいたんだろう。お父さんにこんな恥をかかせて、よくも……」
お父さんはわなわな怒りで震えながら怒鳴った。
「お前が飽くまでこの男との関係を続けたいと主張するのなら、もう私たちは親子ではない。さっさと荷物をまとめて出て行け!」
「わかった。もう、出て行くよ」
お父さんに言われるがまま、僕は服を着ると、荷物をまとめて家を飛び出した。
「湊! 湊!!」
後ろから嶺が追って来る。だけど、僕は立ち止まることなく夜の真っ暗な道を走り続けた。目の前の信号が赤に変わる。でも、僕は構わず交差点を渡ろうとした時、僕の腕を嶺が捕まえた。
「バカ野郎! 車に轢かれるつもりか!」
僕は嶺の方を振り返った。嶺は息を切らせながら、僕の腕をギュッとつかんでいる。興奮状態で家を飛び出して来た僕は、そこでふと我に返り、自分が起こした事の重大性に気が付いた。一気に恐ろしさが込上げて来る。
「嶺……、どうしよう……」
僕はそのまま嶺に抱き着いて大声で泣き出した。
「ごめん、湊。俺のせいで……。本当にごめん……」
嶺も泣きながら僕に謝った。
「嶺のせいじゃないよ。そんな風に謝らないでよ!」
僕は泣きながら叫んだ。嶺は悪くないよ。だって、いつもお互いの家でエッチしていたもん。今までそれで何も問題なかったんだ。こんなことになるなんて、嶺にだって予想できるわけないじゃないか。それなのに、嶺は自分を責めている。何で嶺にこんな思いをさせないといけないんだ。僕のせいだ。僕の家で起きた出来事だもん。やっぱり悪いのは僕なんだ。こういう時に強くない僕は、自分が悪いはずなのに、ただただ嶺にしがみついて泣くことしかできなかった。そんな自分が情けなくて、余計に涙が止まらなかった。
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