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僕と嶺は結局、行く当てもなく、嶺の家に一時的に身を寄せることにした。でも、嶺の家もいつまでも安泰というわけにはいかない。きっと、僕の親からの電話が遅かれ早かれ入るだろう。そうなれば、僕たちの逃げ場所は完全になくなる……。いや、そういえば、まだもう一つ逃げ場所はある。僕にとっての最後の砦が。
「嶺、携帯貸して」
僕は嶺から携帯を借りると、その最後の砦である兄ちゃんに電話をかけた。
「兄ちゃん、お願い。助けて!」
僕は兄ちゃんが電話に出るなり、そう叫んだ。
「ちょっと落ち着け。どうしたんだ?」
兄ちゃんにそう聞かれる前に、僕は状況を矢継ぎ早に伝えた。それを聞いた兄ちゃんはしばらく絶句していたが、
「ったく、お前も面倒事をよく起こすやつだな」
とぶつくさ文句を言った。
「助けてよ、兄ちゃん。このままじゃ、僕、行く場所がなくなっちゃうよ」
僕は泣きながら兄ちゃんに懇願した。すると、兄ちゃんは
「ちょっと考える時間をくれ」
と言ったっきり黙りこくってしまった。電話の向こうで大きな溜め息を「うーん」という唸り声が聞こえる。
「兄ちゃん?」
僕があまりにも兄ちゃんが黙っているので、さすがに不安になって声をかけてみた。
「いいから待ってろって。今、考えをまとめているんだから」
兄ちゃんが僕を落ち着けるように、優しい口調でなだめた。僕はそれだけで少し安心した気分になった。僕って単純だよね。
しばらく考え込んでいた兄ちゃんだけど、おもむろに
「いいか。これから俺の言う通りにしろ」
と僕にとあるプランを打ち明けた。
そんなものでうまくいくのかなぁ……。僕はその内容に一抹の不安を覚えたが、いつも頼りになる兄ちゃんの発案だ。それに、今はこのプランに乗っかるしかこの状況を打破する方法はない。
「やれるか?」
兄ちゃんが僕の意思の最終確認をした。
「うん。頑張る」
「偉いぞ、湊。俺も追ってそっちに行く。それまで、何とか今言った行動をして乗り切れ。いいな」
兄ちゃんの言葉に僕は泣きそうになりながら、「うん」とだけ返事をした。
それからしばらくして、嶺の家に僕の親から連絡が入った。嶺の両親が嶺の部屋に押しかける。
「一体、どういうことなの? 湊くんの親御さんから、湊くんが家出したって連絡があったわよ」
嶺のお母さんが僕を問い詰める。すると、嶺が僕をかばって僕の代わりに答えた。
「お袋、違うんだ。湊にはいろいろ事情があって……」
「事情って何だ」
今度は嶺のお父さんが嶺に問いかけた。
「それは……、ちょっと言えない……」
「言えないってどういうことなの?」
嶺と嶺の両親の押問答が続く。僕はそわそわしながら三人の押問答を聞いていたが、そうこうするうちに、僕の両親が嶺の家に乗り込んで来た。
「湊! お前、他所様にまでこんなに迷惑をかけて、いい加減にしないか!」
お父さんは、僕を頭ごなしに叱りつけた。そのまま、僕に嶺との関係を終わらせるようにとまくし立てた。そのせいで、嶺の両親にも僕と嶺の関係がバレてしまった。嶺の両親は絶句している。でも、これも全部兄ちゃんのプランに寄れば想定通りの展開だ。
兄ちゃんに言われた計画を実施するのはここからだ。僕は大きく息を吸うと、思いっきり大声で泣き声を上げてみせた。そこにいる全員が思わず黙り込むほどの激しい泣き方を僕はしてみせた。そして、泣きながら嶺の両親に縋りついた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ずっとずっと、黙っていて本当にごめんなさい。でも、でも、嶺を僕から取り上げないでください。僕にとって、嶺は唯一の心の支えなんです。嶺を取り上げられたら、僕、もう生きていけないです」
「生きていけないって、そんな……」
嶺の両親は困惑した表情で顔を見合わせた。
「やめないか、みっともない!」
お父さんが僕を引っ張った。僕はあらん限りの力でそれに抵抗すると、
「冗談じゃないもん! 僕、本気だもん!」
と言うなり、僕は外に飛び出そうとした。
「湊、やめなさい!」
お父さんが僕を捕まえようとする。僕とお父さんはつかみ合いになった。と、そこに兄ちゃんが駆けつけた。
「湊!」
兄ちゃんがわざとらしく僕に駆け寄る。
「兄ちゃん!」
僕は兄ちゃんの胸に飛び込んでわんわん泣いてみせた。
「み、湊……」
嶺はすっかり狼狽しておろおろしている。ごめん、嶺。でも、こうするしかないんだ。
「親父、これ、どういうことだよ」
兄ちゃんが今度はお父さんを問い詰めた。お父さんは心底驚いた顔をした。
「柊弥! お前、どうしてここに……」
「ここじゃ、近所迷惑になる。水瀬さんの家でじっくり話そう」
兄ちゃんはそう言うと、僕たち全員を水瀬家の居間に集合させた。
僕と僕の両親、嶺と嶺の両親、そして僕の兄ちゃんの七人が一同に会した。その場で、僕はよよと泣き崩れてみせた。
「嶺は、嶺は僕にとってかけがえのない存在なんです。僕は今までずっと学校で独りぼっちだったんです。お父さんは僕の成績が下がると僕を殴るし、お母さんは一度だって僕の味方をしてくれたことがありません。そんな僕にできた唯一の居場所なんです」
「み、湊、やめなさい」
お父さんが焦った声で僕を制止しようとした。僕は大袈裟に飛びのいてみせた。
「さ、触らないでよ。また殴るつもりなんでしょ? もう、嫌だよ。家に帰ったらまた怒られるんだもん。嶺から僕を引き離して、またお父さんの思い通りの僕にさせようっていうんでしょ? でも、もう僕はそんなの嫌だ。お父さんがなんて言っても、嶺のそばを離れたくない!」
「湊! 何をふざけたことを言い出すんだ。冗談はやめなさい」
「冗談じゃないと思うよ」
そこで兄ちゃんが僕とお父さんの間に割って入った。
「俺も親父と湊のことそばで見ていたけど、親父は湊のこと、自分の思い通りに動かしたいだけだったじゃないか。少しでも気に食わないと怒鳴りつけたり殴ったりしてさ。俺は湊の気持ち、よくわかるよ」
「しゅ、柊弥!」
お父さんは嶺の両親の前で一番されたくないはずの暴露話を二人の息子からされ、すっかり気が動転しているようで、声が裏返った。そこで、
「すみません、桐谷さん。私からの意見なんですが……」
と初めて嶺のお父さんが口を開いた。
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