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「私は湊くんと嶺との関係を反対するつもりはありません」
「あなた!?」
嶺のお父さんのその一言に、嶺のお母さんは驚いて声を上げた。
「私は、この子たちが男の子同士で好き合っていること自体は、正直よくわかりません。でも、我々親の望むことといえば、自分の子どもの幸せじゃないですか。私は湊くんが家に泊まりに来た時の嶺の姿を見ていて、今までしたことのない幸せそうな穏やかな表情を見せたんです。これまでは、いい友達ができたんだな、と単純に思っていたんですが、別にそれが恋人だっていいじゃないですか。いや、むしろ、恋人だからここまで互いを信頼し合えているのかもしれない。それならば、私たち親が二人の関係にとやかく口を挟むような問題ではないでしょう」
「いや、しかし……」
僕のお父さんは何か反論しようとしたが、嶺のお父さんは首を横に振った。
「そりゃ、湊くんのことが心配な気持ちはわかります。私も同じ親ですから。正直、男の子同士で恋人となると、世間の目もありますしね。その辺はどうなんだ?」
嶺のお父さんは嶺に話を振った。
「俺は大丈夫だよ。もう湊と付き合っていることは学校の全員が知ってる話なんだ。でも、俺は周りのやつが何と言おうと関係ない。それより、今まで男が好きな気持ちをずっと隠して生きて来た時の方が苦しかったから」
「それなら、お父さんはこれ以上お前たちのことに口出しはしない。別に不法行為を働いている訳じゃないんだからな」
僕も兄ちゃんも、まさかここまで話がトントン拍子で進むとは思っていなかったので、ただただポカンとしていた。僕は泣き真似をするのもすっかり忘れ、涙が一滴も零れていない顔を全員の前で晒していることさえ忘れていた。
「でも、湊くん。ちゃんと湊くんはご両親と話をした方がいい。きちんと両者が納得した上で嶺との関係を考えないと、後で自分が苦しくなるかもしれないよ。泣いたりしないで、ちゃんと冷静に話をしてわかってもらうんだ」
「はい、わかりました……」
僕まで嶺のお父さんに説得されてしまった。
結局、僕は両親と兄ちゃんと一緒に家に帰ることにした。お父さんはすっかり立場をなくしたことを気にしたのか、ずっとむっつりと黙りこくっていたが、家に着くなり、
「お父さんはお前が男と付き合うなんて反対だ」
と言い出した。そして、
「何だって、私の息子であるお前が男なんかに……」
と頭を抱えてテーブルの上にガクッと崩れ落ちた。
「親父、まだそんなことを……」
兄ちゃんがお父さんに何か言おうとするのを、お母さんが遮った。
「ねぇ、あなた。わたしはもう湊の好きにさせてあげたらいいと思うんですけど……」
僕と兄ちゃんはいきなりそんなことを言い出したお母さんに驚いた。お父さんも目を丸くしてお母さんの方を振り向いた。
「お前、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「ええ。わかっています。湊の人生は湊のものですもの。わたしたちが干渉するのにも限度があります」
「だがな、しかし……」
「あなたのおっしゃりたいことはわかります。でも、もう医者になることを湊に無理強いするのもやめませんか? あなたはずっとこれまで努力を積み重ねて今の地位を築いて来られた。わたしはそんなあなたを尊敬しています。あなたはあなたであるだけで、家の誇りなんです。もし、湊が医者とは別の職業に就くとしても、あなたのその努力や今ある立場が失われることにはならないでしょう? 湊にはもう少し自由を与えてやりましょうよ。それでグレるような子ではありません」
「お、お前……」
お父さんはすっかり声を失ってしまった。
「何だ、お袋。随分以前と変わったじゃないか」
兄ちゃんがそうお母さんに言うと、お母さんは微笑んで次のように返答した。
「もう、こちらの話はお父さんと二人でしておくから、あなたたちは自分の部屋に帰っていなさい。柊弥は今夜は家に泊まるのよね?」
「まぁ、そうしようかな」
「じゃあ、先にお風呂でも入ってしまいなさい」
僕と兄ちゃんはそのまま部屋から追い出されてしまった。
仕方なく、僕たちはお風呂に入ってから一緒に寝ることにした。というか、兄ちゃんが勝手に僕の部屋で寝るといって押し込んで来ただけだけど。
「湊、偉いぞ。よく頑張ったな」
兄ちゃんは僕の頭を撫で回した。
「あー、もうそういうのうざいってば」
僕が兄ちゃんの手を振りほどこうとすると、兄ちゃんはニヤニヤしながら、
「うざいとか言いながら、困った時は俺んとこに頼って来るんだもんな。やっぱり湊は兄ちゃんのことが大好きなんだろ?」
と言った。
「もう、兄ちゃんのバカ!」
「ほら、怒った湊も可愛い」
兄ちゃんはすっかり僕にデレデレしている。本当に兄ちゃんったら……。でも、こうやって嶺との関係が親にバレたのに、ここまで丸く収まったのは兄ちゃんのおかげだよね……。
「……兄ちゃんにはいろいろ迷惑かけちゃったね……。でも、兄ちゃんの計画のおかげだよ」
「だろ? 湊が水瀬家を巻き込んで、親父の横暴っぷりを暴露したら、絶対親父も引っ込むと思ったんだ。その上で、嶺と別れたらもう生きていけないって匂わせたら、もう誰でも湊に悪いことは言わないだろうって俺、思ったんだ」
兄ちゃんは得意満面だ。
「あはは、でも、半分それは本当だよ。僕は嶺のいない人生なんてもう考えられないもん。兄ちゃん、今日は本当にありがとうね」
「うわ、湊が俺に感謝してるよ。もう、可愛いったらないなぁ」
兄ちゃんが僕をギュッと抱きしめようとするのを僕はスルリと抜け出した。
「僕を抱きしめていいのは嶺だけなの!」
「なんだよ。兄ちゃんだって湊のこと誰よりも大好きなんだぞ?」
「兄ちゃんには恵さんがいるでしょ!」
「そりゃそうだけどさ……。湊と恵は別なの!」
「別でももうダメ!」
「みなとぉ~」
「ダメだったらダメ!」
兄ちゃんったら、やっぱり最後はこうやって僕を溺愛するんだから。これからは、あまり兄ちゃんを頼らないようにしなきゃ。兄ちゃんに借りを作ったら、お礼は言わなきゃいけなくなるじゃん? でも、お礼を言おうものなら、必ずこうやって兄ちゃんがうざったいくらい絡みついて来るんだもん。
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