72人が本棚に入れています
本棚に追加
結局、お父さんは僕と嶺との関係を「認めることはしないが、然して口出しもしない」という結論に達した。つまり、もう僕は嶺と家で堂々とお泊まりしても文句を言われない、ということになったんだ。僕の両親はガラッと変わった。
お母さんは嶺のお父さんに言われた言葉がショックだったそうだ。
「親は子どもの幸福を願うもの。お母さんもそう思っていたつもりだったけれど、ちゃんとわかってはいなかったのよ。湊のこと、本当は誰よりも大事にも思っていたはずなのに、きちんと向き合えていなかったんだわ。お母さんはお父さんのように学もないし、お父さんの言うことが正しいと思って来たの。それに、お父さんを怒らせたくなくて。お父さん、理詰めで怒るから、お母さん、ちょっと怖かったの。でも、湊のことは、お父さんの顔色を窺うのでなく、湊を一番に考えてあげなきゃいけなかったのよね。嶺くんのお父さんに言われてはっとしたわ。他人に言われて気が付くなんて、お母さんも親失格かもしれない」
お母さんはそんなことを僕に言った。僕もずっとお母さんに反発心ばかり募らせていたけれど、僕が泥だらけにした制服を綺麗に洗ってアイロンまでかけてくれたり、何だかんだ僕のことを気にかけてくれていたことを思い出した。僕もお母さんに反発するばかりで、よくわかろうとして来なかったのも悪かったのかもしれないね。
それと、お父さんはもう僕に「医者になれ」とか「成績を上げろ」とか口うるさく言わなくなった。今までずっと言いなりだったお母さんに初めて意見されたのがショックだったらしい。
今までずっと家の中で威張り散らして来たあのお父さんは、今やすっかりしょんぼりとしてしぼんでしまい、それはそれでちょっと可哀想だ。「自分や家の名誉のため」に僕を厳しく躾けて来たんだとばかり思っていたけど、お父さんはお父さんなりに僕を育てることに懸命だったのかもしれない。お父さんとしては「良かれ」と思って僕に医者になる道を強いて来たんだろう。その考えが否定されて、今のお父さんはすっかり無力感に苛まれているようだった。
ま、僕は家でだいぶ自由を謳歌できるようになった分、暮らしやすくなったよ。僕の携帯もとうとう復活することになったしね。やっと、これで嶺や一郎たちと気軽に連絡を取り合うことができるようになるんだ。
それに、嶺が僕に
「湊はよくやったよ。お前がこんなに強いやつだとは思わなかった」
と言ってくれたおかげで、悶々と悩んでいた「強さと弱さ」問題に自分の中である程度決着がついた。僕は自分がそんなに強い人間だとも思わないし、今回の騒動でも兄ちゃんに助けられたおけがえで解決したのは確かだ。だけど、それでも以前の僕ならお父さんに反抗するなんて考えられなかったことだから、少しは強くなれたんだと思う。
嶺との関係に何かあった時、僕はどうなるんだろうと不安になったりしたけど、僕がちゃんと嶺との関係を守っていくために努力しなきゃいけないんだと思い直すことにした。今回、僕と嶺は双方の家族によって引き裂かれるかもしれない危機にあった訳だけど、何とか二人の関係を守り抜けたことで、僕にはだいぶ自信が芽生えていたんだ。
そんな僕の元にとある人からの手紙が届いた。差出人を見ると、「国本弦哉」とある。弦哉くんじゃない! こうやって手紙が来るのもいつぶりだろう。携帯を取り上げられてから、弦哉くんからたまに手紙は来ていたけど、この期間、いろんなことがありすぎて、あまりちゃんと返事を書けていなかったな。そのこと、ちゃんと謝らなくちゃ。
手紙の中身を取り出してみると、コンサートのチケットが入っていた。弦哉くん、今度僕の地元のホールでピアノのコンサートをすることになったみたい。確か、全国大会で一位になったんだっけ? すごいなぁ。せっかくだから行って来ようっと。でも、クラシック音楽のコンサートなんて行ったことないし、何だか敷居が高そうだし……。そうだ。嶺も一緒に行ってもらおう。何か僕が粗相をしても嶺なら上手く取り繕ってくれそうだ。
「ピアノのコンサート? 俺、そういうの興味ないんだけどな」
弦哉くんのコンサートに嶺を誘ってはみたものの、あまり乗り気じゃない。
「ねぇ、お願い。僕一人じゃ心配で」
「俺だってそんな場所慣れてないよ。そもそも、送られて来たチケットは一枚なんだろ? 俺に自腹でもう一枚チケット買えっていうのか?」
「僕、半額出すよ。だからいいでしょ?」
「半額ねぇ。湊がどうしても俺に行ってくれって言うなら、湊の奢りじゃないとな」
「え……。僕の奢りって……」
「奢りが嫌なら行かない」
「奢るよ! 奢るから、一緒に行って!」
「ならよろしい」
くぅっ! 手痛い出費だよ、まったく! 今月のお小遣い、これでほとんどゼロになっちゃうじゃん。もうすぐ春だし、新しい春物の洋服買いに行きたかったのになぁ。嶺に「湊はおしゃれだね」なんて褒められたかったのに……。まぁ、これで僕のおしゃれな服が見られなくて損するのは嶺だし、後で僕にチケットを奢らせたことを後悔すればいいさ!
最初のコメントを投稿しよう!