第五章 変わる家族、変わる僕

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 結局、僕と(げん)()くんが別れるまで(りょう)は戻って来なかった。僕が嶺を探しに行くと、ホールの外で外の景色を眺めながら嶺は佇んでいた。 「もう、どこ行ってたの? 探したよ」  僕は嶺にブツクサ文句を垂れた。 「ごめん、ごめん。でも、弦哉くんと話がじっくりできただろ?」 「うん、まぁ、そうだね」  嶺ったら、気を遣ってくれていたのか。まぁ、確かに嶺がいたら弦哉くんも僕に正直に話ができなかっただろうしね。しかも、僕に「告白」なんて絶対にできなかったはずだ。 「よーし。じゃあ、帰るか。今日は俺ん家に泊まる? それとも(みなと)ん家?」  嶺は僕の手を引いて歩き出した。 「えー、どうしようかなぁ。じゃあ、今日は嶺ん家!」 「オッケー! じゃあ、一緒に風呂入って今日もいっぱい湊を可愛がるぞ!」 「クラシックのコンサート行った直後にエッチの話をするなんて、嶺ったらなんだから!」 「なんだ、湊。急に上品ぶりやがって。お前はしたくないのか?」 「……したいけど……」 「じゃあ、決まりな!」  嶺ったら、本当にエッチな彼氏で、僕はその性欲の強さにいつも困っています。なんちゃってね!  弦哉くんのコンサートが終わってしばらくしたある日、学校から下校している時、とある公園でうずくまっている小学生の男の子を僕は発見した。最初は何の気なしに公園を通り過ぎようとしたんだけど、どうも様子がおかしい。うんうん唸っているようだ。僕は少し心配になって、その男の子のそばに行ってみた。  男の子はお腹を押さえながらうんうん痛そうに顔をしかめている。 「どうしたの?」  僕は男の子に尋ねた。男の子は僕がそう尋ねるなり、わんわん泣きながら、 「お腹が痛いの。お兄ちゃん、助けて」 と懇願して来た。これ、ちょっとまずいかもしれない。僕はそう直観した。 「立てる?」  男の子は首を横に振る。お父さんとお母さんに連絡を、と言いかけて僕は自分の携帯がないことに気が付いた。まだ、新しい携帯を買ってなかったんだ。でも、このまま放っておくわけにもいかない。とりあえず、僕が病院にその男の子を連れて行くことにした。病院から男の子の家族に連絡して貰えばいいや。この近くに兄ちゃんの勤める病院があったはずだ。兄ちゃんはそこで小児科医をしているから、そこに連れて行かない手はない。  僕はそう思って、男の子をおんぶすると、兄ちゃんの勤める総合病院まで男の子を連れて行った。男の子と面識もなく、保険証も持ち合わせていない僕に、病院の受付の人に疑いの目を向けられたが、男の子の容態はどんどん悪くなっている。まずは、緊急に診察を受けさせてもらうことになった。 「湊!」  兄ちゃんは僕の顔を見るなり驚いた顔をしたが、すぐにお医者さんの顔に戻って男の子に向き合った。 「ちょっとお腹を触らせてもらうね」  兄ちゃんは男の子に優しく言うと、男の子を寝かせて触診を始めた。痛がって泣きわめく男の子をなだめながら、テキパキと仕事をこなしていく。そんな姿に僕はずっと釘付けになっていた。  兄ちゃんの診断の結果、男の子は急性虫垂炎であることが判明し、家族に緊急の連絡が入った。そこに駆けつけた家族の中に、あの(れい)()さんがいることに僕は気付いた時、心底驚いた。麗華さんの方も僕の顔を見るなりギョッとした顔をしたが、そんなことに構っている余裕はない。男の子は緊急手術を受けることになったのだ。  男の子は家族から手術の同意書を受け取ると、すぐに手術室に運ばれて行った。僕は男の子の両親から何度もお礼を言われた。何と、男の子は麗華さんの弟の(あい)()くんだったんだってさ。こんな偶然ってあるんだなぁ。  麗華さんはずっと決まりが悪そうにしていたが、 「あなた、ちょっと」 と僕を手招きして人気のない場所まで連れて来た。麗華さんは言い出しにくそうな様子でウロウロしていたが、ポツリと一言、 「今日はありがとうございました」 と随分と(かしこ)まって礼を述べた。いつも僕に敵意丸出しの麗華さんのこんな姿を見たことがなかった僕は、逆にこんな丁重に礼を述べられるとくすぐったくなる。 「いいっていいって。体調悪そうにしていた小学生を放っておくわけにもいかないじゃん?」 「でも、放っておかれたらまずい状況だったと思うから……」 「ま、そういうことなら、感謝されてもいいかなぁ」 「それから、この前はごめんなさい。あなたのこと、汚らわしいなんて言って」 「ああ、そういうこともあったっけなぁ」  照れ隠しに適当に麗華さんの礼の言葉に返事をする僕に、 「でも!」 と、麗華さんが釘を刺すように言った。 「あなたと嶺の関係をわたし、許した訳じゃないから。そこだけは誤解しないで!」  ふぅ。いつもの麗華さんだ。敵意を向けられている癖に、僕は少しホッとした。 「麗華さんが僕と嶺の関係を許さなくたって別にいいよ。僕が麗華さんに嶺を渡さなきゃいいだけだから」  僕からのちょっとした宣戦布告だ。まさか僕に宣戦布告なんかされると思っていなかったんだろう。麗華さんは一瞬怯んだ表情を見せた。僕は続けた。 「でも、僕からもこれだけは謝っておかなくちゃね。僕の嶺が男が好きなことを隠して麗華さんと付き合ったりしたことは許されることじゃないよ。そんな風に騙してその人の恋心を(もてあそ)ぶなんて、どんな事情があってもしちゃいけないことだよね。そのせいで、麗華さんを傷つけることになった。僕も間接的に麗華さんを傷つけることをした。それはごめんなさい。嶺の分も含めて僕、謝るね」 「そ、そんなこと、知らないわよ」  麗華さんは顔を赤くしてプイッと横を向いた。
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